date :2009/01/15
ジャンル:バサミレ
優しく積もる淡い恋
「雪が見たいな。」
ミレーヌは唐突に呟く。
シティ7の空は今日も快晴である。ミレーヌは母親のミリアとともにシティ7を一望できる展望レストランでランチを食べていた。
「ねぇママ、シティ7に雪が降らないのはなんで?」
ミレーヌはフォークを動かす手を止め、ミリアに訊ねた。
「あなたが小さいころはシティ7でも雪を降らせていたのよ。そうね…10年位前かしら。市の気象システムが誤作動を起こして、大雪が降ったことがあったの。もう街は大混乱だったわ。交通は混乱し、通信網が遮断されて。それからシティ7では雪を降らせることを見合わせることにしたのよ。」
ふうん、とミレーヌはつまらなそうに答えた。
シティ7の天候は、気象システムによって管理されているので、過度に暑さを感じたり、寒さを感じたりすることはない。地球の北半球の天候に合わせ、一応四季を設けてはいるのだが、比較的年中過ごしやすいような天候に設定されている。また雨や強風など、地球ではごく自然におこる現象も、「それらしさ」を出すために年に何日かは「悪天候の日」を設けるようにしている。
「ねぇミレーヌ、20世紀メモリアル区画へ行ってみたらどうかしら。」
食後のコーヒーを飲みながらミリアが提案する。
「確かあそこでは冬になると雪を降らせるイベントがあったわよ。恋人たちのホワイト・クリスマス…だったかしら。」
20世紀メモリアル区画は、シティ7の中央に位置している。滅んでしまった地球を偲んで、20世紀に存在していたとされる世界中の歴史的建造物を狭いひとつの区画にぎゅうぎゅうに押し込めて作られた施設だ。自由の女神の隣にパンテノン神殿、といったちぐはぐな設計であるが、意外にも恋人たちのデートスポットとして人気であった。
「そうね、ガムリンさんでも誘ってみようかな。きっと昔の建物とかに詳しいわ。」
「あら、バサラを誘わなくてもいいの?」
「なんでバサラが出てくるのよ!だいたい、そんなこと言っていいの?ママ。ガムリンさんをあたしに紹介したのはママよ、ママ!!」
ミレーヌはいきなりバサラの名前が出てきたことに戸惑う。デートスポットにバサラとなんて…考えただけでもなんか気持ちわるいわ。ミレーヌはバサラとのデートを想像し、顔をしかめた。
「別にママはミレーヌが選んだ人なら誰だってかまわないわよ。まあ確かにガムリンは軍人だし、あのこは出世するわね。将来は安泰だわ。でもバサラもいいわね。軍人ってほら、忙しいじゃない。ミレーヌにはママとパパみたいになってほしくないもの。」
さんざんお見合いを勧めてきたくせによくいうわ。とミレーヌは少し呆れた表情を見せた。
(でも…ガムリンさんは優しいし、強くて、真面目で、あたしを大切にしてくれる。バサラは…自分勝手、無責任、すぐどっか行っちゃうし、でも歌の部分では見習うとこもあるのよね。まっすぐなとことか、一生懸命なとことか。)
じっと考えこんでいるミレーヌに、ミリアは優しく声をかける。
「ミレーヌは、ゆっくり自分の気持ちと向き合っていけばいいわ。ママ達の結婚はそうじゃなかったけど。気持ちって雪みたいに優しく降り積もってゆくものよ。まだミレーヌにはわからないとおもうけど、あなたの心にももう少しずつ積もってる。今はまだ床上1センチってとこかしらね。大人になれば、わかるわ、きっと。誰への気持ちが胸に降り積もっているのかが。」
そうかな、とミレーヌは言いながら、軽く胸を押さえた。
降り積もっているのだという。目に見えない淡く真白な雪が。
ただ誰かのことを想い、ひたすらに。
いつか誰かのことをそのように想う時がくるのだろうか。
いつか来ればいい、そうミレーヌは願った。
ミレーヌは立ち上がり、そろそろバンドの練習なの、というとミリアに別れを告げた。愛車の向かって歩きだしたミレーヌは突然ミリアの方を振り返ると、
「ママ、あたしやっぱ雪みにいくのやめるわ。いつか大切なひとと見るの!」
ミリアはふ、と微笑みながら、それがいいわね、と答えた。
ミレーヌとバサラは20世紀メモリアル区画にいた。季節は地球の四季でいう「冬」であるのに雪が降らないシティ7の中で、唯一、人工ではあるが降雪を体験できるエリアである。
「なあ、ただ白い粉みてぇのがパラパラ降ってるのの、どこがいいわけ?」
バサラは降りつづける真白な雪にも我関せずといった様子である。
「まったく、バサラは情緒ってものをわかってないわね。きれいじゃない!それだけで十分なのっ」
そうかよ・・・と気のない返事をしたバサラを横目にミレーヌは空から舞い落ちる雪に感嘆の声を洩らす。
「ほんとにきれい…ねぇ、バサラ…って、きゃぁ!」
ミレーヌは人ごみに押されてバランスを崩す。転びそうになるのをバサラの腕が後ろから支えた。
「たく、上ばっかみて歩いてるからだろ。ほら、手ぇ貸せよ。」
バサラは差し出されたミレーヌの手を力強く握って歩き出す。少し寒い温度に設定されていた区画の中で冷え切っていたミレーヌの手はバサラの温度で温かくなる。ミレーヌは、以前したミリアとの会話を思い出す。
雪…あたしの心にもこんなにきれいな淡い気持ちが降り積もっているのかな。あたしの大切なひとへの想い…バサラへの気持ちが。
「ねぇ、バサラ、人の気持ちってね、雪みたいにまっしろで、きれいで、心に降り積もるものなんだって!」
ママに教えてもらったの、とミレーヌは無邪気に話かける。
「ふーん…でも俺のハートは熱すぎるからな。雪なんてそんなモン、溶けてなくなっちまうぜ。」
歌はハート、気持ちは歌だ、と熱く熱弁しながらバサラは歩く。
バサラらしいわ、とミレーヌはくすくす笑った。
(そっか…バサラのハートは熱すぎて、あたしの気持ちが雪だとしたら、溶けてなくなっちゃうかも)
ミレーヌは妙に納得したが、は、と何かに気づき、ひとり笑顔を見せる。
溶けてしまえばいいのだ。あたしの降り積もった心は。
溶けて、バサラと混じり合って、ひとつになればいいのだ。
熱いバサラのハートは冷たいあたしの雪とまじりあって、あたしのハートも熱くする。
ミレーヌは繋いでいたバサラの手を離し、バサラに寄り添って、そっと腕を絡めた。