date:2009/01/16
ジャンル:ミハクラ
眩しいのは太陽じゃなくて
小さいころから空ばかり見上げていた。
見上げた空は、限りあるものであったが、幼いミハエルにはどこまでも続く無限のものに感じた。ホログラフに映る太陽は、ひたすらに眩しくてミハエルは目を覆った。
目をあけなくちゃ、だめだ。そうしないと、見えない。
ミハエルが見上げた先には、いつも愛しい、大きな幼馴染がいた。
任務の後、すこし汚れてしまった自分のバルキリーを整備しようと、ミハエルは愛機の元へと向かう。機体の整備は、おもにSMS専属の整備士が行うのだが、自分のバルキリーを持つ隊員たちはたいていこまめに整備室へ赴き、自らも機体の管理に携わる。己の愛機ゆえに、愛着があるのだ。ミハエルも自分専用にカスタマイズしてある、スナイパーライフルを搭載し、好みの青色にカラーリングされた自機を愛していた。
自機の整備を行っている整備士に、「仕上げは俺にやらせてよ。」というと、ミハエルは彼を帰らせ、バルキリーと向かい合った。メンテナンス、といっても、専門的なことはわからない。ただ最後の機体のチェックとバジュラの血液やらミサイルの硝煙やらですこしすす汚れてしまった機体を拭く。いつも自分とともに宇宙を飛び回り、闘ってくれる愛機への感謝をこめて。
「とてもいい心がけだな、ミシェル。」
突然上の方から声が聞こえ、ミハエルははっとなる。一般のVF-25戦闘機の格納庫と、シャッター1枚隔てたところに、ピクシー小隊の隊員らが搭乗するクァドラン・レア機がある。ミハエルが少し身を乗り出して隣を覗くと、格納庫の奥には、まだ深紅のクァドラン・レアに搭乗したままの、クラン・クランがいた。このような時間にクァドラン・レアに乗っているということは、外の射撃場で練習でもしていたのか、とミハエルは推論する。察する通り、クランは手に持ったレーザーパルスガンを武器庫に戻し、
「大尉たるもの、他の隊員に無様な姿は見せられないからな。日々の鍛練を欠かしたことはない。」
と、誇り高きメルトランらしく、威厳のある声色で言った。
「機体の整備だろう?日頃から自機に触れてみることはいいことだ。」
「まぁね、たまにかまってあげないと、女の子みたいにそっぽ向いちまうかもしれないからな。」
ミハエルは冗談交りにそう言った。
ミハエルはその時、何気なくふ、と彼女の方を見上げたのだが、突如目の前がちかちかして、眩しさを感じた。太陽の光のような、明るい、白い光だった。一瞬の出来事だった、気の所為かもしれない、とミハエルは思った。何しろここは薄暗い格納庫の中だ。彼らを照らす照明だって今は数か所にしかついていない。
「どうしたミシェル?そんなしかめっ面をして。」
クランはいぶかしげに訊ねる。ミハエルの眩しそうな顔が、彼女には不機嫌そうな顔に見えたらしい。
「いや、なんでもないよ。今日は疲れてるみたいだ。目の前がチカチカしてさ。」
「ふん、まったく、戦士たるもの、これくらいの任務で疲れてどうする!日頃の鍛練不足なんじゃないか。」
クラン・クランは一瞬心配そうな顔をしたが、すぐにはっとなり、わざと眉間に皺を寄せた。ミハエルは素直じゃない幼馴染の表情にクス、と笑みを浮かべると、一瞬思案して、
「そうだな。トレーニング不足かも。クラン、今から付き合えよ、トレーニング。マイクローン化してさ、一緒に走ろうぜ。」
と言ってミハエルは珍しくクランを練習に誘った。思いがけない提案にクランは驚いたが、ぱぁっと嬉しそうな笑みを浮かべ、
「言ったな、ミシェル。私の特別メニューをお前にも味わってもらうぞ。覚悟していろ」
そう言うとクランはマイクローンになるためにゼントラン水槽へと向かった。
SMS内にある簡易トレーニング場へと向かう。ウォーミングアップを始めていると、暫くしてクランが現れた。彼女の、先ほどまでの豊満な肉体と威厳のある顔つきは、愛らしい10歳程の少女へと変わっていた。
「待たせたな、ミシェル!さあ始めるぞ!まずはランニング30周からだ!」
クランはミハエルの前に指を突き出し、威勢のいい声で叫ぶと、我先にと勢いよくトラックを走りはじめた。
まったく、その身体によくそんな体力があるよな
ミハエルは苦笑まじりに感嘆する。マイクローン化したとはいえ、人間より体力的に発達したゼントラーディは、たとえ遺伝子が不器用で幼いマイクローンになってしまったとしても、体力まではそう衰えないようだ。
2メートル程先を走っているクランを、ミハエルは見つめる。腰まで伸びる青色の髪が、クランの走る動作に合わせて揺れる。ミハエルはその波打つ蒼に目を奪われた。そういえば、とミハエルは思いを巡らせる。青色が自分のパーソナルカラーとなったのはいつのことだろう。いつも空ばかり見上げていたあのころからだろうか。空を見上げて、フロンティアの有限の空と、大きな幼馴染の蒼色の髪を見ていたあの頃。
すると刹那、ミハエルの目を、ちか、とフラッシュのような明るさが襲う。ミハエルはまた眩しそうに目を細め、光の方向を見やる。ミハエルは一瞬、驚いたように目を丸くしたが、とたんにはは、と小さく笑いだした。
眩しいのは、いつもとなりにいる蒼だ。
太陽の光でも、照明の明るさでもなかった。
太陽のようにいつも輝き、己を照らしてくれる、小さな、大きな、
愛おしい幼馴染の姿だ。
ミハエルは目の前に翻る光輝くような蒼をまぶしそうに見つめた。
「こら!ミシェル!ペースが落ちているぞ!しっかり走れ!」
クランが途中で立ち止まり、なにをしてるんだ、とミハエルを叱咤する。
「わかってるよ!」
眩しくて、見えなかったんだ、と小声で呟くと、ミハエルは全力疾走でクランの元へ駆けていった。
眩しすぎるのは、太陽じゃなくて