05. 受け止めるよ 何度でも

date : 2009/4/12
 ジャンル:ミハクラ





受け止めるよ、何度でも




クラン・クランはホログラムカレンダーを机上に開くと、青い傘のアイコンの踊る日付を目で追った。くるくると回るRainyDayの文字を見つめて溜息をつく。今日は朝から雨、時計の針はもうすぐ20時を指していた。だが雨は止む気配を見せなかった。今日一杯降り続くらしい、と先ほどから付けたままにしてあるテレビの音声だけがクランの尖った耳に届く。クランは部屋の小さな窓と、ぼんやりと宙に浮かぶホログラムカレンダーを交互に見つめた。口から洩れてくるのは微かな吐息ばかりだ。

(ミシェルは今頃何をしているのだろうか…)

カレンダーを指で突いて閉じると、音を立ててベッドへ雪崩れ込む。頭の中を占めるのは、雨が苦手な、己の幼馴染のことばかりだ。

「どうせやつのことだ、また性懲りもなく女の部屋に行っているのだろう。」

誰にともなく呟いたはずの独り言は、思いの外大きい声で放たれた。ごろん、と寝返りを打って横向きになり、いじけた子供のように口を尖らせ、膝を抱えて体を丸める。

彼女の幼馴染であるミハエル・ブランは、雨の降る日が苦手であった。
両親を失った日、そして姉のジェシカが自ら命を絶ったその日に、ちょうど雨が降っていたことが原因であろう、とクランは推測している。そもそも、雨が苦手である、というのは、本人から直接聞いたことではない。ただ、気象システムが月に何度か雨を降らせるその日になると、彼は決まって女の部屋へ向かうのだ。まるで死んだ母や姉のぬくもりを求めるように。一体何をしているのか、などとは聞けるはずもない。口からこぼれそうになる非難の言葉をぐ、と堪える。自分では彼の女たちの代わりにはなれないからだ。

そんな彼と、今日のような雨の日に出くわしたことがある。今から2週間程前のことだった。クランはまだ鮮明に残る記憶を目を閉じて回想する。

―――――クランには関係ないことだろ。
―――――雨の日は、私のところに来ればいい!


…そうだな。次は、そうするよ。愚痴、聞いてくれるんだろ?


「…言ったクセに。ミシェルの嘘吐き。」

期待なんか、していなかったけれども。
ぽつりと漏らした言葉は届くこともなく雨の音にかき消されてしまう。クランが本日何度目かの大きなため息をつくと、コンコン、と己の部屋の扉を叩く音が聞こえた。

(ネネか?)

ネネは私用があると言って昨日から留守にしていたはずだ。他に思い当たる者もいない。クランは戸惑う。

「クラン?いないのか?」
「み、ミシェル!?」

扉を叩いていたのは、先ほどからの溜息の元凶となっていたミハエル本人だった。クランは驚き、裏返った声で彼の名を呼ぶ。

「いるじゃないか。入っていい?」
「ちょ、ちょっと待て!」

中に入ろうとするミハエルを慌てて制止する。ベッドから勢いよく起き上がり、机の隅に立てかけてある鏡を手に取った。先ほどまで横になっていた所為で少し乱れていた前髪を手で梳かす。何か可笑しなところはないだろうか、と全身を見渡し、ワンピースの皺を伸ばした。緊張した声で、いいぞ…、と外で待機している彼を呼び、ドアの自動開閉ロックを解除した。ドアを開けると、ミハエルはクランを見下ろし、よ、と右手を軽く上げると、部屋へと入ってゆく。

「相変わらず少女趣味な部屋だな。そう言えば宿舎の部屋に入るのはこれが初め
てだ。」

ミハエルはじろじろとあたりを興味深く見渡した。クランは緊張からか、黙り込んでいたが、いたたまれなくなり、きょろきょろと視線を動かす彼へと声を掛けた。

「一体どうしたんだ?」
「何がだよ?」
「今日は雨だろう?お前を待っている女が、いるはずだ。」

クランはミハエルと視線を合わせず、言葉を濁すように小さな声でぼそ、と呟く。するとミハエルは、ええ?と驚いたような、呆れたような声を上げた。

「何言ってんだよ?クランが言ったんだろ?『雨の日は私のところに来い!』って。もしかしてもう約束忘れたのか?」
「えっ?」

どくん、とクランの心臓が大きく跳ねる。
ほんとうに、来てくれたのか。雨の日に、私の処へ。
相手になんか、されていないとおもっていたのに。

「お、覚えていたに決まっている!ただ、お前は大人のお姉さま方の処へ行くのだろうとてっきり…」

いきり立って返事をしたものの、大人の、艶のある女性と一夜を過ごす彼が頭を過り、クランはしゅんとしたようにこうべを垂れる。するとその様子を見ていたミハエルが、苦笑しながら吐息を零した。

「たまにはこういうのもいいだろ?」
「ミシェル…。」

ミハエルはふわっと優しく笑い、ウインクをすると、いつもの、明るい調子で言った。ミハエルは、部屋の中央に置いてあるローテーブルの傍へと座り込み、先ほどから小脇に抱えていた書物やバインダーファイルをどさ、と机の上に置いた。その表情は先ほどの爽やかな笑顔とは少し異なる、普段女性には見せることのないニヒルな笑みであった。

「じゃ、そういう訳で、これな。」
「・・・?なんだこれは。」

ミハエルの笑顔に見とれていたクランは、刹那反応が遅れてしまう。彼が机上に積み上げたそれの正体が分からず、首を傾げる。

「ん?課題だよ。宿題手伝ってくれるって言っただろ?最近任務で忙しくてさ。溜めてたんだよ。」

ほら、クランの分な、と屈託のない笑顔で渡されたそれらに、クランはぽかん、と口を開けていたが、すぐに状況を理解し、憤慨した。しかし、このっ、と振り上げた拳を、そのままそろそろと下ろしてしまう。思わず文句が口からとびでそうになるのを、寸前のところで抑えた。前回の雨の日の彼とのやり取りを思い出したからだ。

(確かに、言った。宿題を手伝ってやると…。)

…ぐぅ、と言葉にならない呻き声を上げて、クランは観念した。

「しょうがない、約束は守る。さっさとやるぞ!」
「さーんきゅ、クランっ」

クランに向けられた、彼の金色の髪のように眩しい、太陽のような笑顔に思わずうっとりと見入ってしまう。昔からこの表情に弱かった。結局、いつもほだされてしまうのだ。


ぽつぽつと談話しながらレポートを書きはじめる。クランの担当したのは、自分の専攻分野である生物史だ。航空科には縁がない分野だからね、とミハエルは真っ先にそれをクランに押しつける。クランは文句を零しながらすらすらと文章をデバイスに打ち込んでいった。雨脚がどんどん強まってゆくにつれて、ミハエルは時々窓の外を見つめるようになった。なにも口には出さなかった。だが彼の寂しそうな瞳に、クランの心も揺らぐ。

(やっぱり雨が気になるのか。)

ミシェルの瞳に映っているのは目の前の私ではないのだろう。
きっと雨の景色の中に、おじさんや、おばさん、そしてジェシカの姿を見出しているんだ。
今の私に何ができる?
結局私なんかでは、ミシェルの気を紛らわすこともできなかったのか。

クランは窓の外にぼんやりと目を向けるミハエルを切なげに見つめた。

「なぁ、クラン」

ミハエルが突然沈黙を破る。ぼんやりと彼を見つめていたクランは、いきなりの問いかけに驚いて慌てて返事を返す。

「な、なんだっ」
「昔もよくこうやって宿題手伝ってもらったっけ。」
「なんだ、お前が昔話なんて、珍しいな。」
「雨の日はノスタルジックな気持ちになるもんさ」

雨の日。ミハエルの口からその単語が紡ぎだされたことに、それ以上話を展開させるべきなのか、とクランは躊躇する。しばし逡巡し、あえて天候から話題を逸らした。

「…そうだな。お前は昔本当に要領の悪いやつだったからな。ほらそれに、クラスの奴らから宿題押し付けられたこともあっただろう。」
「ああ、そんなこともあったかな。」

ミハエルが照れたような、少しきまりの悪そうな笑みを浮かべた。

「お前が泣きながら宿題をやってるもんだから、問いただしてみれば…」
「そのあとクランがそいつの家まで怒鳴りこみに行ったよな。」
「当然だ!弱い者いじめは絶対に許さん!」

クランは思わず声を大きくして云う。
小さい頃、ミハエルはよく近所の子供や、クラスメイトにいじめを受けていた。ゾラとのハーフである彼の耳は尖り、視力は人間の倍以上すぐれていたためである。ゼントラーディの血縁、というのは当時のフロンティア船団でもごく一般的となっていたが、ゾラの惑星の者を先祖に持つ彼の存在は珍しかった。彼は周りから半端物、異星人、と呼ばれ、いつも泣いていた。それを守っていたのが、クランだったのだ。

小さい頃の記憶を思い出し、懐かしい感情に囚われていると、ミハエルが常とは異なる、やや真剣味を帯びた表情で呟く。

「クランは強いな。」
「どうしたんだ、いきなり」

いきなりぽつりとつぶやかれた言葉に、うまく反応を返すことができない。

「昔から、ずっと。俺は守られてばかりだった。」
「ミシェル?」

クランの呼びかけにも構わず、言葉を続ける。

「雨の日は…そうだな、お前の言うとおりだよ。苦手なんだ。すこし落ち着かなくなる。夜になると父さんや母さん、…姉さんの影がちらつくんだ。」
「…眠れないのか。」
「夢に出る。だから、寝ない。」

なぁんて、お姉さま方が眠らせてくれないんだけどね、とおどけた口調で冗談を云うが、その翠の瞳が淋しそうに揺れているのをクランは感じ取っていた。沈黙が二人を包む。彼に何と言葉を掛けるべきなのか、気の利いた台詞を見いだすことが出来ない。クランのそんな思いを悟ったのか、ミハエルは困ったように笑う。

「悪かったな、弱音吐いて。クランにカッコ悪いとこ見せちまった。…さて、課題を終わらせますか。」

ミハエルは仕切り直し、とばかりに手のひらをぱん、と鳴らすと、再びレポートに取り掛かり始めた。しかしクランは、そんな彼を見つめたまま、何も言わずにただ黙っていた。そして、ゆっくりと立ち上がり、座っているミハエルの真正面へと移動し、彼を見下ろす。クランの所作に気づいたミハエルが、クラン?と呼びかける。するとクランは返答をする代わりに、やや腰を屈めてミハエルを抱きしめ、胸の中へと収めた。ミハエルの肩が微かにひくりと震える。

「覚えているか?」

クランが小さな声で呟く。ミハエルの返事はなかった。クランは言葉を続ける。

「約束だ。『私がお前を守る』と。もうお前を泣かせはしないと誓ったんだ。」
「ガキの頃の話だろ。」

クランの胸に顔を埋めたままの、少しくぐもった声が聞こえる。今彼がどのような表情をしているのか、クランにはわからなかった。怖くて、彼の顔が見れない。

「私は誇り高きゼントラーディだ!一度した約束は死ぬまで守る。…絶対だ。」

クランの小刻みに身体が震える。大きな瞳が潤んで、雫が今にも零れそうだった。歯を喰いしばって、必死に堰を築く。

ミシェルもきっと気づいてる。
「ずっと守る」、それは愛のことばだ。
好きだと言えない代わりに
ずっと彼の傍にいる理由が欲しかった。

小刻みに揺れる小さな身体で、ぎゅうぎゅうと締め付けるクランの様子を肌で感じていたミハエルは、思わずくすりと笑みを零す。埋めていた顔を上げ、クランの顔を見つめると、自身の腕をクランの背中へと回した。クランの身体が一瞬大きく揺れた。

「さんきゅ、クラン。」
「みしぇる…。」

ミハエルは優しい笑みをクランへ向ける。そして寸刻の沈黙の後、だけどな、と言葉を紡ぐ。

「俺の約束も、覚えてる?言ったろ?「今度は、俺がクランを守るよ』って。」
「覚えていたのか。」
「当たり前だろ」

子供のころの、小さな、小さな約束だった。覚えていたのは、舞い上がっていたのは自分だけだろう、と思っていた。嬉しさに、心臓が大きく脈打つ。それを悟られたくなくて、クランは抱きしめていた大きな体をぐいぐいと押して引き離す。屈めていた姿勢を戻して、腕を胸の前で組み、照れ隠しにミハエルを見下ろした。

「ひ、一人で眠ることすらできないお前に守られるほど、私は落ちぶれてはいないぞ!だ、だが、…手助け位なら、させてやる。雑用程度のだがな!…ほら、さっさと宿題を終わらせるぞ!雨が止んだら、さっさと部屋に戻ってもらう!」

いつも通り、虚勢を張るクランに、ミハエルはなぜだか嬉しそうに笑った。はいはい、と口先だけの返事を返し、愚痴を零すクランを尻目に何事も無かったかのように課題と向き合う。




いつの間にか雨は止み、辺りには静けさが戻っていた。
クランはそれに気づき、窓の外へと目を向ける。

(気付かないふり、だ。)

クランはちらりと正面に座る彼を垣間見ると、ひっそりと微笑んで、再び何食わぬ顔でレポートへと視線を戻した。


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あとがき

お互い戦友同士の恋っていうのに、かなり萌えてしまう私です。
互いが互いを「守る」って素敵
守られてる女の子もかわいいけれど



お題提供元:恋したくなるお題(ひなた様)

05. 受け止めるよ 何度でも