date:2009/02/28
ジャンル:ミハクラ
そういうトコも好きなんだけど
「ミシェル、今度の土曜日の約束、覚えているだろうな。」
宇宙空間での実弾射撃演習を終え、シャワールームへと向かっていたミハエル達の前に、どう見ても10歳前後であろうと推論されても仕方がない、ツインテールの小さな少女が仁王立ちで待ち構えていた。それは、先ほどまで豊満な肉体を誇示するかのようなパイロットスーツを身に着け、小隊の隊長かつSMSの大尉の威厳を存分に醸し出していたゼントラーディ、クラン・クランであった。彼女と接し慣れていないアルトは、任務や演習の度に、その姿のギャップに驚かされる。長い付き合いであるミハエルやルカが、平然とした様子でいたとしても、だ。行く手を遮られ、放たれた台詞に、アルトとルカは一瞬困惑した表情を見せる。当の本人であるミハエルはわざとおどけたような表情を浮かべ、いつものニヒルな笑みを見せた。
「クランか。驚かすなよ。」
「私はただ立っていただけだ。それより!約束、覚えてるだろうな、と聞いているんだ。」
クランは腕を組み、きり、とミハエルを見上げながら詰め寄る。ミハエルは楽しそうな表情を浮かべて少女を見つめた。
「なんだっけ?」
ミハエルの言葉に、クランの肩が震える。今にも彼めがけて飛びかかりそうな様子である。クランは拳を握り、どうにか口より先に出てしまう手を押さえた。
「忘れたとは言わせない!先週、お前の課題レポートを手伝ったお礼に一日空けておけと言っただろうが。」
激昂して真っ赤になるクランの様子に、我慢できずにミハエルが笑いだす。彼らのやりとりを横でみていたルカも、控え目にクスクス笑いだした。マイクローン化し、体型のみならず思考までも幾分幼くなってしまったクランを、ミハエルがからかって遊ぶ。それはSMSではよく見られる光景なのだ。さすがに上司であるクランを嘲笑することは躊躇われるのか、アルトは未だ困った表情を浮かべていた。
ごめんごめん、とまったく悪いとも思っていないような口調でミハエルは謝罪する。クランはミハエルの様子にしばらく臍を曲げ、腕を組んでそっぽを向いていたが、その様子をみかねたルカの仲介によってようやくミハエルと向き合う。
「冗談だよ、覚えてるさ。で、どっか行くのか?もう荷物持ちはごめんだぜ。」
前回クランとフォルモに出かけた際、買い物に付き合わされ、終始荷物持ちに徹していたことを思い出し、ミハエルはうんざりした表情で肩を竦めた。
「…まあいい。許してやろう。今回はショッピングではない。ちょっと付き合ってもらいたい処があるんだ。」
詳しいことは当日、とクランは待ち合わせ場所と時刻だけを告げてくるりと背を向けると、宿舎へと戻ってしまった。
「一体何処へ行くつもりなんですかね?」
「さあな。考えないことにするよ。」
ルカが楽しそうに訊ねると、後輩の無邪気な声をよそにミハエルは大袈裟に溜息をついて答えた。二人のやりとりを我関せずといった様子で見つめていたアルトにルカが近寄り、ミハエルに聞こえないようにひっそりと話し掛ける。
「ミシェル先輩、なんだかんだで本当は楽しみなんですよ、大尉とのデート。」
その手のことにあまり関心のないアルトは、やってられるか、と呆れたように言い放ち、汗でべとつく身体を早くなんとかしたい、とシャワールームへと足早に向かっていった。
ミハエルとクランは地下鉄の駅で待ち合わせ、そのまま列車に乗り込んだ。デートスポットとして有名なフォルモの駅を通りすぎ、列車が到着したのはアイランド3の隣、アイランド4の駅だった。アイランド4にはフロンティア船団唯一の動植物園があり、大勢の家族連れで溢れかえっていた。ミハエルは、俺達、兄妹だと思われてるだろうな、とクランにこっそり耳打ちし、彼女を怒らせる。賑わうそこを通り過ぎ、クランは先陣を切って奥へ進んでゆく。てっきり動植物園がゴールだと思っていたミハエルはクランの行動を不思議に思った。どこ行くんだよ、とミハエルが訊ねようと、前を行くツインテールを呼び止めようとしたと同時に、クランは急に歩みを止めた。ミハエルはクランにぶつかりそうになり、とっさに彼女の両肩に手を添えた。
「ここって…」
クランが立ち止まったそこは、動植物園とは少し異なった雰囲気の森林地帯であった。ただ、青青と茂る木々を囲うように設置された鉄柵が動植物園とは異なった厳かな雰囲気を醸し出している。
「そうだ、フロンティアの環境船群の中でも特に先祖古来の生物たちの研究を目的として運営されているアイランド4の自然保護区域だ。一般の学生なんぞめったに入ることができない貴重な場所だぞ。」
「へぇ…すごいな。ここってそういう生物の遺伝子分析をしているところだろ?最近汎用化されたヒュドラとか・・・。」
ミハエルは関心してあたりを見回す。
「そうだ。もともと船団には人間以外の生物なんかいなかった。みんな遺伝子操作や、他の惑星から比較的汎用性の高いものを持ち込んできたにすぎない。そのような生物の調査、検閲を行っているのがここだ。最近アイランド3のヒュドラがV型感染症によって自我を失うという事故があったせいで、研究所の連中はピリピリしている。温厚なはずのヒュドラが人を襲うなんて…。」
「でもそれはV型感染症の所為だろ。」
「その感染症だって他惑星から持ち込まれたウイルスが原因だ。研究所の管轄内なんだ。おそらくバジュラが持ち込んだものだろう。奴らの出現時には環境船群はもちろん装甲殻で覆われるが、細菌類の船団への侵入を防ぐことは容易なことではない。」
バジュラ、という単語が出ると、どうも暗い話題になりかねない。ミハエルは気分を変えようとクランに明るい調子で訊ねる。
「…で、大尉殿は今日ここに何しに来たんだよ。態々俺まで連れてさ。」
ミハエルの問いに、クランは胸を張って誇らしげに応える。
「今度大学のプレゼンテーションに使用する資料探しだ。私はバジュラがフロンティア船団付近に出没して以降、昆虫、特に甲殻類の生態系に影響を及ぼしているのではないか、という仮設を立てて今それについての研究をしている。来月、それについての中間報告を兼ねたプレゼンを行うんだ。お前にはそれに使う昆虫探しを手伝ってもらう。」
高いところは…背が届かないからな、とクランは悔しそうに付け足した。事の全容がを理解したミハエルは、はぁ、と短く息を吐く。
「昆虫採集デートって訳ね。ったく、小学生じゃないんだから。」
「で、デートではない!調査と呼べ!それと、採集は、だめだからな!」
顔を赤くして声高に叫ぶクランをみて、ミハエルはぽつりと笑った。
「ミシェル!見てみろ!」
嬉々とした彼女の声が聞こえる。なに、とミハエルはあまり関心なさそうに返答し、クランの元に駆け寄る。クランは大きな広葉樹の前できらきらと瞳を輝かせて、その幹についている昆虫を見つめていた。
「翅の形状が一般の個体とは異なっているんだ。あっここにもいるぞ!ミシェル!カメラっ」
はいはい、とミハエルは面倒そうに手に持ったカメラを渡す。先ほどからこのようなことの繰り返しだ。彼女は珍しい昆虫たちに夢中になっている。次第に口数は減り、クランの幼いかんばせには真剣な表情が滲む。ミハエルはその様子を退屈そうに見つめていた。自分の存在を忘れ、虫に熱中するクランに、ミハエルは次第に不機嫌になる。虫ごときと張り合うなんて、と心の中でもう一人の自分が己を嘲笑する。
でも。いやなものは、いやなんだよ。
すると、ふとミハエルは何か思いついたような表情をし、にやりといたずらな笑みを浮かべた。ルーペを覗きこむ少女の後ろに立ち、ふいに声を掛ける。
「クラン・クラン隊長!向こうに新種の個体を発見しました!」
「ほんとかっ!どこにいる?」
クランははたと起き上がり、ミハエルの方を振り向きながら応える。それと同時にミハエルはクランの両脇の下に手を滑り込ませ、軽々と彼女を抱き上げた。
「なにをするっ!ミシェル!」
突然のことに、クランは動転し、ややうろたえながら叫ぶ。ミハエルは満足げに笑い、抱き上げたクランを見つめた。
「これは珍しい!マイクローン化すると幼児化してしまうゼントランであります!」
笑い混じりのわざとらしい台詞に、クランは一瞬呆けてしまう。しかししの言葉の意味を理解すると、両足をばたつかせて暴れ出した。
「むきぃぃぃ!おのれミシェル!あ、虫が!」
先ほどまで熱心に観察していた被験物が翅を鳴らし飛び去ってゆく。クランは思わず手を伸ばすが、届くはずもない。がくりと肩を落とし、項垂れる。刹那おとなしくなったクランだったが、次第に身体が震えだす。
「み、ミシェル!!きさまぁっよくも私の邪魔をっ」
抱き上げられたミハエルの腕から離れようと足掻いた。だがミハエルは抱き上げたクランを少し傾かせ、彼女の耳元に顔を近づけ、囁く。
「研究熱心なのもいいけどね。あんまり構ってくれないと、拗ねちゃうぜ?」
耳に甘く響いたテノールに、クランの身体が痺れた。クランは一瞬言葉に詰まったが、やや裏返った声色で反論する。
「ば、馬鹿者!子供みたいなことを、言うなっ」
「はは、冗談だよ、悪かったって。」
「何!?冗談だとっ!いい加減にしろミシェル!!」
真赤に染まる彼女の頬を見つめ、ミハエルは呟く。
だけど、そういうトコも…ね。
唇から優しく漏れた言葉は、もちろん自分にだけ聞こえるようにひっそりと。
続きを口に出してしまえば、きっと伝えずにはいられなくなるから。