12. 今のままで十分可愛い

date:2009/03/10
ジャンル:バサミレ

今のままで十分可愛い





「アリスさん、きれい…。ねぇ、バサラ。」

テレビモニターに釘付けになったミレーヌは、うっとりとした感嘆の声を上げる。練習場に設置されているそれに映し出されていたのは、ミレーヌが敬愛し、目標としている女性シンガー、アリス・ホリディであった。グラマラスな肉体と、それに負けないハートフルな歌声は、ミレーヌが歌を志すきっかけの一つとなった。また、以前、バンパイア騒動の際に彼女と出会ったとき、、ミレーヌが己の歌でアリスのスピリチアを回復させたことや、彼女に歌う意味を見出させたことによって、ミレーヌ達FIRE BOMBERはアリスから一目置かれていた。それから互いのライブのチケットを交換し合ったり、バサラとのデュエットが企画されるなど、彼女との交流が続いていたのだった。

「ん?…ああ、あのオバサンか。」

唐突に話題を振られ、一瞬思考の停止したバサラだったが、ようやく思い出したように呟く。その云い様に、なんてこと言うのよ!とミレーヌが吠えた。

「バサラったら、ほんとに自分の歌以外に興味ないのね〜。」

ミレーヌは呆れたように言う。バサラの他者への無関心ぶりに、ミレーヌは呆れや驚きを通り越してその精神に羨ましささえ覚えてしまう。自分の歌を歌うこと、聴かせること、にのみ執心し、好きなアーティストは自分、もしくは自分が本気で歌えたとき、と基本的に外部からの影響を受けることはない。そのような歌に対する真直ぐすぎるハートに、ミレーヌは困惑しつつも憧れを抱き、強く惹かれていた。そんなこと、本人の前では死んでも口にはできないけれど。

「スタイル抜群で、歌も上手で…。いいなぁ。あたしもいつかあんな風になれるのかしら。」

アリスのすらりとした均整のとれたスタイルと、心に響くような、静かだけれど熱く燃えるような歌声を、ミレーヌは思わず自分のそれと比べてしまう。14歳なら年相応とも思われる、まだまだ未発達な少女の身体は、ミレーヌにとっては大きなコンプレックスだ。子供扱いされることを嫌う彼女にとって、この発達途中である身体は恨めしいものであった。ミレーヌは自分の胸元を密かに見下ろして、ひっそりと溜息をつく。大人になれば、あのようになれるのだろうか。アリス・ホリディのように、人々を魅了する美しいシンガーに。まだ、自分には足りないものばかりだ。バサラを見ていても、時々そう感じてしまう。彼にはあって、自分にはないものがある、と。バサラに近づきたい、彼と同じ位置で歌っていたい、と願う。

羨望の眼差しを向け、未だモニターから目が離せないでいるミレーヌに、バサラはふーん、と興味なさそうに相槌を打って、黙りこんだ。しばしの逡巡のあと、バサラはミレーヌに声を掛ける。

「…別に、いいんじゃねーの。」
「? 何がよ。」

突然の彼の言葉に、話の趣旨が読めないミレーヌは思わず聞き返す。

「だからいいっつってんの。」
「だから!何がいいのよ!?」
「お前だよ」
「だぁかぁらぁ!あたしの何が…って、バサラ、もしかしてあたしのこと褒めてるの?」

掴みきれない彼の言葉に少し苛立って思わず声を大きくしたミレーヌは、ん?と何かに気づいたように首を傾ける。導き出したひとつの仮定を、提示してみる。

「…。」

黙りこんだバサラの様子に、ミレーヌの仮定は確信へと繋がってゆく。普段人を褒めることなど滅多にない彼である。彼は決して自分を褒めた、などと認めはしないだろう。慣れないバサラの言葉に、ミレーヌは初め驚いた表情を見せたが、次第に彼女の顔に綻んだ笑みが浮かぶ。ばつが悪そうな顔をしているバサラに、ミレーヌの心がざわめく。普段言葉の足りない彼の、素直な気持ちが知りたい。もっと。

「あたしのこと、今のままでも十分魅力的だって思ってるんだ?」
「…そこまで言ってねぇよ。」

ミレーヌは嬉しそうに、悪戯な笑顔を浮かべながら、上目遣いでバサラを見つめる。バサラはあからさまに面倒臭そうな顔を浮かべて小さく答えた。

「素直じゃないわねっバサラは。そうならそうって言えばいいのに。」
「だから!違うって言ってんだろ。」
「ふーん、じゃあそういうことにしといてあげるっ。」
「ったく、やってらんないよ。」

バサラは呆れたようにミレーヌに背を向け、ベッドの横に立てかけてあるアコースティックギターに手を伸ばした。先程から何か聞きたそうな、好奇心で輝くミレーヌの瞳を避けるように、所在なく弦を弄る。

「ねぇねぇ、あたしのどこが魅力的?目?髪?それとも声?」

ミレーヌが嬉々とした声でバサラに訊ねる。

「…さあな。」

何も応えない彼の様子に満足できないミレーヌは、背を向けて座る彼の正面に移動して、向き合うように自分もしゃがみこむと、顔を覗き込むように近づけて見つめた。

「ねぇねぇ!バサラってば!」

幾度の呼びかけにも応じない彼に、ミレーヌは痺れを切らしてそう言うと、バサラは漸く顔を上げた。だかその顔には笑みはなく、黙ったままこんじきに眩く光る瞳でじっとにミレーヌを見つめていた。ミレーヌはそのまっすぐな曇りのない彼の瞳が好きだった。思わずどき、と胸を鳴らすが、しかしそれと同時にバサラの様子を不安に感じた。

「…怒ったの?」

ミレーヌは恐る恐るバサラに問う。返事はなかった。少ししつこくしすぎたかも、とミレーヌは反省して、再度彼に話し掛けた。

「もう聞かないわよ。ねぇ、怒ってるの?バサラ?」

暫くミレーヌの顔をまじまじと見つめていたバサラは、漸く閉ざしていた口を開いた。

「強いていえば、」

突然の彼の言葉に驚いて、え?と聞き返す。バサラはいつものように少し微笑んで先程まで弦を弄っていた指をミレーヌの方に伸ばす。額に垂れる彼女の柔らかな、桃色の前髪を無造作に指で掻き分けると、その指で思い切り額をはじいた。いたぁっ、とミレーヌは思わず声を出し、ひりひりとほんのり紅く染まる額をさする。

「ちょっとぉ!何すんのよっ!?」

予想外のバサラからの仕打ちに、ミレーヌは声を荒げて抗議する。しかし当の本人である彼は、相変わらずの笑みを浮かべており、ミレーヌは拍子抜けして、咄嗟に振り上げた拳をそろそろと下ろした。

「…なによ。」

バサラの意味深な笑顔を不審がり、ミレーヌが訝しげに訊ねる。

「可愛いんじゃねぇの?お前の、デコ。」

そんな彼女に、バサラはからかうような声で答えた。するとミレーヌの白く透き通るような頬に淡く朱が差す。何故か恥ずかしく感じて彼をまっすぐ見据えることができない。

「…なんでおでこなのよ。」

下を向いたまま、目線だけをバサラの方へと寄越して、赤面してしまったこそばゆさから業と怒ったような口調で話す。実際、彼の回答についての不満も含まれていたのだが。

「褒めてやってるだろ。」
「褒めてないわよっ」

余裕綽々の笑みを浮かべた彼が恨めしかった。ミレーヌは彼が褒めたそこを、指で軽くなぞる。憎まれ口を叩きながらも彼の言葉を嬉しく感じている自分に気づいて、ミレーヌは顔を伏せて小さく笑った。






あとがきっ

ミレーヌのデコが好きなバサラです
というよりあたしがミレーヌの髪型すきなんですよ
かわいいっ


お題提供元:恋したくなるお題(ひなた様)


12. 今のままで十分可愛い