date:2009/01/20
ジャンル:バサミレ
昼食をおすそ分け
「バサラ!ねぇいるんでしょ?!ねぇバサラ!」
ミレーヌの声がアクショの廃墟にこだまする。
今日はFIRE BOMBERの活動予定は入っていない。つまりオフである。だがミレーヌはオフにも関わらずアクショへ向かうのだ。正確には、バサラの元へ。
「開いてるから勝手にはいってきな。」
部屋の中からバサラの声がした。ミレーヌがオフの日にここを訪れるのはもう珍しいことではないようで、バサラは観念したようにミレーヌに声を掛けた。ミレーヌは勢いよくドアを開けると、梯子の上の自室からミレーヌを見下ろしているバサラと目が合う。また来たのかよ、というバサラに、別にいいでしょ、とミレーヌは機嫌よく応えた。
オフの日がこなければいいのにと思った。
アクショから離れたくない、家に帰りたくないと願った。
みんなとずっと一緒にいたい。レイと、ビヒーダと、そしてバサラと。
FIRE BOMBERにミレーヌが加わってだいぶ経ったころ、ミレーヌはバサラにそう打ち明けたのだ。オフの日にも関わらずバサラの部屋を訪ねてきた少女に、初めバサラは呆れ、まったく相手にしなかったが、いつも強気で小生意気な態度を見せるミレーヌの少し弱気な様子に、ついにそれを許してしまった。それからというもの、FIRE BOMBERのメンバーは、オンオフ関係なくたいていの時間を4人で過ごすようになった。ミレーヌはそれ以来弱音を言わなくなったが、バサラがそのことについてミレーヌをからかうと、「だって、あたしだけ一緒に住んでないなんて、アンフェアでしょっ。」といつもの調子で明るく言った。
「で、今日は何の用なわけ?お前ほんとに暇なやつ。」
バサラは窓辺で腕を組み、少し遅めのモーニングコーヒーを飲みながら言う。ミレーヌが特に用事もなく自分のもとへやってくることをわかっているのだけれど。
「なによ!バサラだってどうせさっきまで寝てたんでしょ?今日はね、差し入れ、もってきたの。ママからもらったのよ、お弁当。昨日オープンしたレストラン特注のものなの!バサラったらいつもハンバーガーばっかり食べてるでしょ?だから一緒に食べようと思って持ってきてあげたのよ。」
ミレーヌは得意げに持参した重箱を掲げ、バサラに見せる。三段に重ねられた漆塗りと思われる重箱は、いかにも高級そうな雰囲気を醸し出している。シティ7中心街に最近建てられた超高層ビルの中の創作料理のレストランのものだった。タワー完成イベントに参加したミリアの為に作られたものであったが、ミレーヌにあげたほうが喜ぶわ、と、ミリアが昨晩ミレーヌの家に届けさせたのだ。
「へぇ、お前もたまには気が利くこと、するんだな。」
バサラは関心したように言う。たまにじゃないわよ、とミレーヌは言うと、ふと何かに気づいたようにあたりを見回す。
「今日は静かね。レイとビヒーダは?部屋にいるの?」
「レイもビヒーダもいないよ。どこにいるかは知らないな。」
そういえば、今日はビヒーダのドラムの音が聞こえないような・・・とミレーヌは気づく。レイが出かけることはよくあることなのだが、ビヒーダまでいない日というのは珍しかった。せっかくみんなの分もあるのに、と残念そうな顔をしていると、早速重箱の包を開けて食事を始めているバサラが「いいんじゃないの?お前も食えば?」と口に入った食べ物のせいであまりよく聞き取れない声で話す。そんなバサラに呆れながらも、自分の差し入れを素直に受け取ってくれたことに安堵した。
二人で食事を済ますと、バサラは窓枠に立てかけてある愛用のアコースティックギターを取り出し、曲づくりを始めた。腹がいっぱいになるといい曲できるかもしれないだろ、というと、まだ書きかけの譜面と睨みあう。ミレーヌは満腹感からか眠気を催し、バサラの横でうとうとと身体を揺らし始めた。バサラのギターに合わせるかのようにゆらゆらと左右に身体が動く。バサラは初め、曲づくりに没頭し、横に座っているミレーヌの様子に気づかなかったが、ミレーヌの舟漕ぎのような動作は次第に大きくなり、バサラの視界に入るようになる。バサラはそれを見止めると、はぁ、と溜息をつきながらミレーヌのそばへ寄る。
「おい、寝てんのか、ミレーヌ。」
バサラが座ったままうとうとしているミレーヌを見下ろすように話しかける。
「…起きてるわよ・・・ちょっと、うとうとしてただけ。」
ミレーヌが視点の定まらない目をしながら言う。言葉とは裏腹に、ミレーヌの目はゆっくりと閉じていき、うっすら開いたと思うとまた翠色の瞳は瞼の奥に隠れた。バサラはその日何度目かの盛大な溜息をつき、しょうがないな、という顔つきでミレーヌの正面にしゃがみこむ。
「たく、起きろっての。こんなとこで寝るんじゃねーよ。」
バサラの声に、ミレーヌはううーんと唸ると、寝ぼけた様子で両手をバサラに向かって突き出した。正座していた脚を伸ばし、ゆっくり起き上がってバサラの首に腕を回す。やっと起きたか、と安心していたバサラは、ミレーヌの行動に少し目を丸くする。どうしたんだよ、とバサラの首元に顔を伏せているミレーヌの方を見やると、
「バサラ…ベッド、連れていって。」
と半ば意識のないままそういうと、ミレーヌはそのまますぅすぅと寝息を立て始めた。バサラは眠ってしまったミレーヌに呆れ顔を見せ、「ガキがなに言い出すんだよ。」と呟くと、首に抱きついているミレーヌをそのまま抱えて立ち上がり、己のベッドへと運んだ。
ベッドでぐっすり眠る少女を見つめ、バサラは苦笑して頭を掻く。
「ったく、警戒心のないやつ。」
バサラはミレーヌの前髪を優しく分け、額に触れる。その額に顔を近づけようとしたが、ミレーヌの額に自身の吐息がかかる距離になると、何かを思いついたような顔をし、す、と顔を離した。
ベッドから離れると、バサラは再びギターを手に取り、曲づくりに取り掛かる。まだ誰も耳にしたことのない生まれたてのメロディは、いつもより少し小さな音で、子守唄のように優しく奏でられた。