14. 目一杯、背伸び中

date:2009/03/27
ジャンル:バサミレ

精一杯、背伸びした
縮めたかった、年齢の差、心の距離
近づきたい、追いつきたい、ずっと、傍にいたいのに。





目一杯、背伸び中



「ミレーヌ!お前さん酒を飲んだな?まったく…駄目だと言っただろう。」
「平気よっ。あたし、小さい頃からママとの晩酌で鍛えてたのよ。このくらい大したことないわ。」

飲酒を諫めるレイの言葉を、ミレーヌは明るい口調でさらりとかわした。レイはやれやれ、と頭を振り、諦めたように溜息をつく。今日はFIRE BOMBERの新曲がギャラクシーヒットチャートの首位となったことを祝い、アクショの練習場でメンバーだけの祝賀会を催していた。レイは缶ビールやリキュールと共に、ミレーヌの為にとオレンジジュースを用意していた。しかし彼の予想を裏切って、ミレーヌは傍にあったカシスリキュールを己のオレンジジュースで割って飲み始めていたのだ。彼女は酒に強いタイプであったが、はめを外して飲み過ぎてしまう質だったらしく、ほんのりとミレーヌの頬が上気し、翡翠の瞳がわずかに潤みだした頃、ようやくレイが気づいて止めたのだが、時既に遅し、であった。

「ふふ、楽しーい!バサラ、飲まないならそれ、あたしにちょうだい。」

レイ曰く、ザルであるバサラは、酒にはめっぽう強いのだが好んで呑む方ではなかった。彼にとっては、いつでも歌うことのできるコンディションを保つことが先決なのである。酔って呂律が回らない、二日酔いで調子が悪くなる、など以ての外で、歌を歌うことに支障を来すような行為は普段から避けていた。
ミレーヌはふらふら、とバサラに近寄り、舌ったらずな猫なで声で彼に擦り寄る。うつろに開かれた翠の瞳はふいに訪れる眠気と闘うように閉じたり開いたりを繰り返していた。

「バサラ、ミレーヌにこれ以上酒を渡すなよ。完全に酔っぱらってる。飲み過ぎだ。」
「わかってるよ。ったく、ガキのクセにそんなモン飲むんじゃねぇよ。」

バサラは呆れたようにミレーヌを見やる。普段からガキ、子供、といった言葉に反応するミレーヌの神経は、酔った所為で更に過敏になっていた。ゴロゴロと上機嫌に喉を鳴らしていたかとおもうと、毛を逆立てた猫のようにバサラを威嚇した。

「子供扱いしないでよっ!あたしだってもうオトナよっ」

ほらぁ、とミレーヌは着ていた白いブラウスのボタンをおぼつかない手つきで外し始める。わずかに朱色が差した白い肌がブラウスの隙間からわずかに覗いた。しかし4つめのボタンを外したところで急に襲った眠気に負け、かくん、と頭を垂れて動作が停止する。穏やかに寝息を立て始めるミレーヌの隣で黙々と飲み続けていたビヒーダが、黙って彼女のボタンを留め直した。

「バサラ、ミレーヌを家まで送ってやれ。これじゃあ運転もできないからな。」
「結局俺がコイツの子守しなきゃなんないのかよ。」

起きる気配を見せないミレーヌを、レイがそっと抱き上げる。普段ならば愛車を運転して帰宅するミレーヌだったが、このまま酔いが醒めることはなさそうだった。酒気が身体から抜けるまではまだ当分かかるだろう。バサラは文句を言いながらもミレーヌのギターケースを開けて車のキーを探すが、そこにキーは見当たらなかった。もしかしたら在処を知っているかもしれない、とさっきまでミレーヌの傍らにいたグババの方を見ると、その小さな彼女の親友も、彼女とシンクロしているかのようにぐっすりと眠りに就いてしまっていた。先程から大人しく抱き上げられていたミレーヌが、んん、と小さく唸って、レイの首に腕を絡める。その様子にバサラははあ、と息をついて頭を掻いた。レイに近寄ると、彼に絡みついたミレーヌを引き剥がし、片手で抱き抱える。首のあたりに触れる彼女の長い髪と、酒気ばんで常より熱い吐息のこそばゆさに眉を顰めた。


「いいよ。俺の部屋に連れてくから。グババを起こしたら可哀想だからな。」

バサラは寝ているグババをそっと掬って彼女の頭の上にのせ、優しく撫でた。


片手にミレーヌを抱き上げたまま、バサラは階段を上がる。上下に揺れる震動に、ミレーヌが反応し、微かに頭を揺らす。酔って暴れ出すことを懸念して、バサラはもう片方の腕をミレーヌの腰に添えた。バサラ?と呂律の回らない小さな声で訊ねた彼女の声を無視して歩みを進める。部屋のドアを開け、梯子を登ると、二人分の重みに年季の入ったそれはぎしぎしと音を立てた。バサラは腕を使わずに、よろめく様子も感じさせず登り切る。先ほどから静かに彼に抱かれていたミレーヌは、落ち着かないように辺りを見回すと、バサラ、と再度声を掛ける。なんだよ、と返された彼の声に安心し、ミレーヌは甘えるように彼の首に腕を絡めた。抱き上げられたこの状態に、てっきりいつものように文句を言ったり、終いには暴れ出すのであろうと踏んでいたバサラは、酒の効果で珍しく素直な彼女の様子に目を丸くする。
ベッドにミレーヌを寝かせようと、バサラは身を屈めて彼女を下ろそうとしたが、ミレーヌはバサラの首に腕を回したまま降りようとはしなかった。

「おい、離せよ。」
「ん〜やだぁ」

バサラが呆れたようにミレーヌに言うと、駄々をこねたような返事が耳元で聞こえた。バサラは大きく息を吐いて、ミレーヌを抱き抱えたままベッドに腰掛ける。彼女の子守を引き受けてしまったことを後悔し始めていた。

「どうすりゃいいの。」

面倒臭そうにバサラがぽつりと呟くと、それを聞いたミレーヌが、うた、と小さく囁く。あ?と、それに気づいたバサラが問うと、ミレーヌは身体を捻って彼の方を向き、嬉しそうに笑った。

「ねぇバサラ、歌、歌ってよ。そうしたら、寝るわ。」

歌え、と言われて断る理由はなかった。誰であろうと、己の歌を求められれば、歌う。基本的には自分の好きなときに好きなように、というのが信条ではあったが。しょうがねぇなぁ、と呟いたバサラの表情は穏やかだった。ミレーヌを片手に抱えながら、仄蒼い月の明かりがじんわりと照らすステージで、彼女の為だけの子守唄を歌う。相手の都合構わず歌うバサラであったが、今回は囁くように、眠りを誘うようにゆっくりと歌う。ミレーヌは心地良さそうにうっとりと目を閉じた。

神様は忙しくて 今手が放せない
この世界はちょっと不思議な
まるで Merry-goaround
いいことばかりあるわけじゃないし
嵐もやってくるけど

Love will save your heart
夢を描くまっすぐな瞳たちよ
Love will save this world
いつかきっと光は見えるはず



歌い終わり、ふぅ、と息を吐く。

「これでいいだろ?ガキはさっさと寝ろ。」

ぽんと頭を撫でるが、ミレーヌの反応はなかった。彼女がようやく眠ったのだと思い、バサラは安堵した。すると、首のあたりで、彼女のくぐもった声が聴こえる。ミレーヌはバサラの首に絡めていた腕をするりと解き、頸部に埋めていた顔をゆるゆると持ち上げる。その表情は、先ほどまでの上機嫌な笑顔ではなく、不機嫌そうな様子であった。酔っ払いはコロコロ気分が変わって面倒だ、と文句を口にしようとしたバサラよりも一寸早く、ミレーヌの口が開く。

「…子供扱い、しないでよ...」
「へ?」

意表を突く台詞に、バサラは思わず聞き返す。どうやら最後に放ったガキ、という単語が彼女の癪に触ったようだった。いつもなら口論になるところだ。酒が入ったミレーヌが何をし出すか分からなかった。バサラは煩わしいそれを避けるために大人しく彼女の次の言葉を待つ。
バサラ、とミレーヌがちいさく呟くと、手のひらを彼の胸にぴたりと這わせる。すると胸部の上に水平に浮き出る鎖骨をゆるりと指でなぞり、歯を立てた。

「っつ、」

わずかな痛みにぴく、とバサラの身体が動く。唐突な彼女の行動が理解できず戸惑う。

「なにすんだよ」

「すき、バサラ。あたし、バサラがすきなの。」
「はぁ?」
「あたし、大人だもん。ガキ、なんかじゃないわ。」
「…なに、言ってんだよ。」

ばさら、と切なげに眉を歪めて彼を見つめる。困惑した彼の顔を見て、ミレーヌの胸が狂おしいほどに痛む。二人を分かつ壁が見えた、ような気がしたのだ。年齢の壁、心の壁、まだ越えられない。すきなのに、届かないのはどうして。ミレーヌにはまだ分からなかった。彼女の頬を涙の粒が伝う。ミレーヌは噛みついて赤くなったバサラ鎖骨にちゅ、と口づける。バサラはその様子をただ静かに見つめていた。

「ミレーヌ。」

名前を呼ぶと、ミレーヌは一瞬びくりと肩を揺らしてバサラの方を向いた。その小さな顎をつかんで己の顔へと引き寄せ、勢いに任せて噛みつくように口づけた。カシスオレンジの甘ったるい芳香がバサラの口の中に広がってゆく。先ほどまでミレーヌの口にしていた酒だ。バサラは思わず顔を顰めたが、甘いものを苦手としていた彼でも不思議と不快感はなかった。口腔の奥に隠れる彼女の小さな舌を探り出して軽く吸うと、ミレーヌは身体を震わせてバサラのタンクトップを掴む。唇をそっと離すと、ミレーヌは焦点の定まらないぼんやりとした表情でかろうじてバサラの方を向いていた。しかし、瞬間、くらりと彼女の身体が傾いたかと思うと、バサラに身体を預けて意識を手放してしまった。酒気帯びて火照った身体に、それ以上の熱を受け入れることはできなかった。

「お、おい!」

力の抜けたミレーヌに慌てて声を掛けたが、彼女が返事を返すことはなかった。バサラはそっと自分の膝に乗る彼女をベッドへと寝かせる。あどけなさの残る表情で、すうすうと寝息を立てるミレーヌに、バサラは人差し指で顔を掻く仕草をすると、そっと笑った。

「まあ、寝たから、いいか。」

ベッドに背を向け、頭の後ろで腕を組む。窓わくに腰掛け、外を見つめると真っ赤なバルキリーが月光に照らされて淡く光っていた。

「…ガキ相手に、なにしてんだ。」

タチ悪ぃ、と自嘲気味に吐き捨てた台詞は暗闇と交わって消える。ふ、と笑みをこぼしたが、そのかんばせにはやや寂しそう表情が浮かんでいた。バサラは傍に立てかけてあるギターを手に取り、漆黒のホログラフが太陽を映し出すまで、弦を弾き続けた。


to be continued...






あとがきです

「10. 今日は離れてやらない」に続きます。

お題提供元:恋したくなるお題(ひなた様)

14. 目一杯、背伸び中