date:2009/01/25
ジャンル:バサミレ
見えない角度で手を握り締め
頭が痛い…身体だるい…
目覚まし時計のけたたましい音で目覚め、ゆっくり目を開けたミレーヌは、身体の異変に気づく。いつものようにベッドから降りようとするのだが、身体が重く感じられ、身体を起こすのが億劫だった。目が覚めているのに視界がすこしぼやけ、軽く頭痛がした。一緒に眠っていたグババが心配そうにミレーヌを見つめる。
「もしかして、風邪?昨日お風呂のあと髪の毛乾かさないで寝ちゃったからかな…困ったな。」
今日はFIRE BOMBERのライブが予定されていた。午前中アクショに集合し、軽い打ち合わせをした後、星空ホールへ向かう。そろそろ支度を始めないと、予定に間に合わない時刻になっていた。ミレーヌは気だるげにベッドから降り、服を着替えると、食事も摂らずに家を出た。車を運転していても頭の中で鳴り響くような頭痛に、今晩のライブへの支障を心配したが、
「大丈夫よね、あたしけっこう身体は丈夫な方だし!歌うのには問題ないわ。」
そう自分を励ますと、ミレーヌは急いでアクショの練習場へ向かった。
練習をしていても、曲のリズムもレイの話も耳に入ってこなかった。弦を弾く指もいつもよりうまく動かすことができず、リズムに乗り遅れることが何度かあった。
(頭いたぁい…なんか、フラフラしてきたな、大丈夫かなぁ。)
ミレーヌが頭痛の所為でよく働かない思考で考えていると、先ほどからのミレーヌの異変に気づいたレイが心配そうに声を掛けた。
「ミレーヌ、今日はどうしたんだ、体調でも悪いのか。」
「う〜ん・・・ちょっと風邪引いちゃったみたい。でも大丈夫よ!あたし体力には自信があるの!」
「だがミレーヌ、少し顔色が悪いぞ、今日はやめておいたほうがいい。」
二人のやりとりを黙って聞いていたバサラは、少し呆れたような口調で、
「ったく、ハートが足りないから風邪なんか引くんだ。俺はそんなもん、かかったことないぜ。」
バサラの物言いにミレーヌはカチン、ときて声を荒げて言い返す。
興奮から体温が一気に上昇し、一瞬、視界がぐらっと傾いたような、気がした。
「そんなの関係ないわよ!そうね、何とかは風邪を引かないって言うわよね、バサラッ。それにもう大丈夫よ!ライブになったらテンションがぐんぐん上がって、風邪なんか吹き飛んじゃうもんっ。」
だが…と静止しようとするレイの言葉を遮って、ミレーヌはただ「大丈夫!」とだけ繰り返す。ついに根負けしたレイは、つらくなったらすぐに言うように、とミレーヌに強く念を押した。
星空ホールは、大勢の観客で埋め尽くされていた。メジャーデビュー前には考えられなかったような人数の観客が、FIRE BOMBERの登場を待ちわびる。メンバーがステージに現れると、大きな歓声がホールを包みこんだ。沸き起こるような盛大な歓声に、ミレーヌの気分も高揚する。
(そうよ、ライブを楽しみにしてくれてるみんなのためにも、最後まで歌うわ!)
心配するグババの頭を優しく撫で、ミレーヌは少しふらつく身体をぐ、と引き締めると、演奏に集中した。隣に立つバサラが、ちら、とミレーヌの方を横目で見ると、ミレーヌはそれに気づいてバサラの方を見つめ、平気よ、とVサインを作って合図した。キーボードとドラムの奏でるイントロがステージに響く。ミレーヌは頭痛やだるさを忘れ、観客と共にライブに熱狂した。
ラストの曲が流れ、今日のライブも終盤に差し掛かった。ミレーヌは最後まで歌いづづけることができた、と安堵の表情を見せる。すると気が緩んだのか、一瞬視界がぐるりと回転し、ミレーヌの身体が傾く。
(あ、いけない…ラストだと思って安心して…)
ミレーヌはステージの上で倒れてしまうことを覚悟したが、その時、ぐい、と横から腕が伸び、ミレーヌの身体を支えた。バサラの腕がミレーヌの手を掴み、元の位置に引き戻す。バサラはミレーヌの腰に腕をまわして支え、ミレーヌのスワンマイクで一緒に歌い出した。これもライブのパフォーマンスだと思ったようで、観客席からは歓声のような悲鳴のような声が聞こえ、さらに盛り上がりを見せた。
「おい、平気なのかよ。」
曲の間奏の間にバサラが訊ねる。ミレーヌの腰に腕をまわしているせいで、バサラのギターの演奏が止まる。ミレーヌも身体が重く、ベースギターの弦をうまく弾くことができない。バサラはミレーヌを抱いたままギターを弾かずにそのまま歌いづつけた。ギターとベースの音が消えたことで、状況を悟ったレイがビヒーダに合図し、ゆっくりとキーボドとドラムの音を消してゆく。ステージにはバサラの声だけが響いた。観客たちも次第に静かになり、バサラの声にうっとりと耳を傾ける。すぐ隣で歌っているバサラに触発され、ミレーヌも次第に気分が高まってくる。バサラの声に、ミレーヌのコーラスが混ざり合う。ミレーヌの声に、バサラは彼女の方を見下ろしたが、ミレーヌはただバサラに向ってほほ笑んだ。バサラは何かを悟ったようにミレーヌに笑いかけ、そのまま歌いづつけた。
ラストナンバーが終わると、突然ステージの照明が落ち、あたりは暗闇に包まれた。レイが体調の悪いミレーヌを気遣ってそうさせたものだった。ファンのみんなにこんな姿を見せられない、ミレーヌならそう言うだろう、とレイはわかっていた。突然暗くなったステージに、ミレーヌも驚く、すると隣にいたバサラが、行くぞ、とだけ声を掛けると、ミレーヌの手をとって、彼女をバックステージへと連れていった。観客たちはいきなり消えた照明に驚き、瞬間あたりはどよめいたが、すぐにライトがつき、ステージを明るく照らした。バサラとミレーヌは既にバックステージへと戻っており、ステージの前方に立ったレイが新しい演出だ、と言い訳をし、観客をなだめた。
「なんでそんな無茶するわけ?」
バサラはため息を吐きながらステージの裏でミレーヌに問いかける。
「だって…ライブを楽しみにしてくれたお客さんに申し訳ないじゃない。あたしだってプロよ。こんなことでライブを休むなんて、できないもん。」
ミレーヌが弱弱しく言った。絶対怒られる、と覚悟していたミレーヌだったが、バサラは少し意外そうな顔をして、そうか、とだけ言うと、ふ、と笑った。
「熱、あるんじゃないの。」
バサラは優しくそう言うと、す、と顔を寄せると、己の額をミレーヌのそれにくっつけた。突然バサラの顔が近付き、ミレーヌの顔が赤くなる。熱が上がったような気がした。
「だ、大丈夫よ!熱なんかな、い、。」
バサラの行動に驚き、大きな声を出したミレーヌは、大きくぐらつき、バサラの胸の中に倒れ込む。ミレーヌはバサラに抱きとめられる形になったことに慌てたが、力が抜けてしまい、はぁあ、と息を吐いてバサラの胸に顔を埋めた。もう反応する気力もなかった。そのままバサラに身をまかせる。バサラは苦笑して、
「しょうがねぇな、車のキー貸せよ。送ってってやるから。」
というと、ミレーヌを抱き抱え、彼女の愛車の元へ向かった。
バサラの運転でミレーヌの邸宅に着くと、バサラは門を通ってドアの前に車を止めた。夏の涼しい夜風に当たったせいか、ミレーヌの意識も徐々にはっきりしてきていた。バサラは車から降りると、助手席のドアを開け、ミレーヌを車から下ろす。ミレーヌは、いつもより優しいバサラに戸惑いながらも、弱いところを見せてしまった気まずさから、少し伏し目がちに話し掛けた。
「…ありがと。でも、もう大丈夫だから。」
バサラは、たく、どこが大丈夫なんだよ、と呟くと、
「強がってる暇があったら、さっさと治すんだな。」
といい、ミレーヌの額に顔を近づける。もう熱はないってば、と少し焦るようにそういったミレーヌの額に、バサラは己の額ではなく、唇を寄せる。掠めるようなキスに、ミレーヌは初め何が起こったか分からなかった。すっとバサラは顔を離すと、にやりといつものように笑う。
「じゃあな、早く寝ろよ。」
バサラはくる、と身を返すと、後ろを向いたまま右手を上げ、手のひらを翻した。
ミレーヌはドアの前に立ち尽くし、去っていくバサラの後姿を見つめていた。ぼやける視界と、やけに熱い頬が、誰の、何の所為であるのかは、ミレーヌにはわからなかった。何故だか更に上がってしまった熱を下げるため、今夜は早く床に就くことにした。