date:2009/01/22
ジャンル:バサミレ
人気者の君に妬く
ガムリン木崎中尉の最近の趣味は銀スポの購読である。
銀スポは、シティ7で発刊されているデジタル形式の週刊誌で、発売機の前に専用のデバイスを近づけると、データがダウンロードされる仕組みになっている。ガムリンは発売日になるとすかさずダウンロードし、隅々まで読む。以前までは下賤なゴシップ雑誌だ、と目もくれなかったのだが、元教官の愛娘である彼の見合い相手、ミレーヌ・ジーナスとの出会いによってガムリンは銀スポを手に取るようになった。正確には、「読まざるを得なくなった」のである。
ミレーヌの所属しているロックバンド、FIRE BOMBERは今やシティ7の超人気バンドである。テレビや雑誌でも、毎日のように彼らを伝える報道が流れ、街角では常に彼らの曲が流れている。誰もが彼らに夢中になり、もっと彼らのことを知りたいと思うようになった。特にボーカルの熱気バサラについては、バンド結成以前の過去については一切謎とされており、テレビや雑誌などで様々な憶測が飛び交った。
有名人であるがゆえに、不可避であるのがスキャンダル報道である。出生の秘密、各メンバーの恋愛事情、などあることないことが様々なゴシップ雑誌に掲載され、大きな話題となった。特に顕著であったのが、銀スポのゴシップ記事であった。「バサラはリン・ミンメイの子」「バサラとミレーヌ熱愛」「熱気バサラとガムリン木崎との友情を超えた関係」など、FIRE BOMBER関連のゴシップ記事を掲載すると、銀スポの売上は2倍にも伸びた。ガムリンが銀スポを購読し始めたのはそのころからである。ミレーヌに想いを寄せているガムリンからすれば、熱気バサラとミレーヌの熱愛報道は許せるものではなく、ましてや自分とバサラとの関係についてのゴシップなどもってのほかである。そんなもの、全てでたらめに決まっている、そうおもいつつもミレーヌのことが気にかかり、つい買ってしまうのだ。
今日は銀スポの発売日であり、ミレーヌとのデートの日でもあった。
ミレーヌの練習が終わるのを待ち、行きつけの日本料理のレストランでデートをする約束をしていた。ガムリンはいつものように専用機に銀スポをダウンロードする。何気なくページを進めていると、ガムリンはある特集記事のページで手が止まり、思わず絶句した。
「なんなんだ…これは!?」
ガムリンはそう呟くと目を皿のようにして隈なく記事を読む。
(どういうことなんだ…ミレーヌさんに会って、確かめないと。)
ガムリンは待ち合わせの時間より少し早く軍の寮を後にした。
「ごめんなさい!練習長引いちゃって!」
待ち合わせ場所に少し遅れてやってきたミレーヌは申し訳なさそうに頭を下げる。紺色の清楚なAラインワンピースに身を包んだミレーヌにガムリンはしばらく見惚れてしまう。いつもは付けないピンク色のルージュに、長い髪を器用に結い上げた彼女はロックバンドのメンバーとは思えない程、清純可憐で愛らしかった。
「いいえ!自分も少し用事がありましたから。」
ガムリンは申し訳なさそうに謝るミレーヌについ恐縮してしまう。実は待ち合わせの時間になろうとしたとき、ミレーヌから「少し遅れる」との連絡が入り、ガムリンは小1時間ほど待っていたのだ。
「さあ、お腹も空いてきましたし、行きましょう。今日はいつもと違う日本料理のレストランを予約したんです。」
ガムリンはミレーヌをエスコートして歩く。ミレーヌは、あたしもうお腹ぺこぺこ!と言いながら嬉しそうに笑った。
食事が終わり、ガムリンとミレーヌは他愛のないことをぽつりぽつりと話し、笑い合った。ミレーヌとの会話の間、ガムリンは今朝銀スポで読んだ記事のことが気にかかっていた。会話が寸刻途切れたとき、ガムリンは思い切ってミレーヌに話を切り出す。
「ミレーヌさん、そういえば、今週の銀スポはもう買いましたか。」
「あ、そういえば今日配信日だった!最近忙しくて読んでないなあ…。ガムリンさんも買ってたんだ?」
ええ、まあ、とガムリンは少し曖昧な返事を返す。軍人たるものがこのようなゴシップ記事を毎週欠かさず購読していると知られたくなかったからである。
「今日たまたま買ってみたんです。それで…ミレーヌさんにお訊ねしたいことがあるのですが…」
言葉を濁したガムリンにミレーヌは少し不思議に思ったが、かまわずどうしたの、と聞いてみる。実はこの記事なんです…とガムリンがデバイスを取り出す。そこには大きく『FIRE BOMBER恋のウワサ総特集!!』と書かれていた。
「なによこれ!?またバサラじゃないのぉ?どうせレックスとの密会現場でも撮られたんでしょ?」
「いいえ…今回はミレーヌさんの記事もあったんです…」
ガムリンは申し訳なさそうに言う。
「なんであたしなの!?あたし、なにもしていないわっ。」
ミレーヌは訳が分からない、というように声を大きくした。
「それでですね、ミレーヌさん、いくつか確認したいことがあるんです。まずこの…『人気俳優ボビーとの密会』」
ガムリンが言い終わるまえにミレーヌは、ぜぇったいにあり得ないわ!と声を荒げる。
「ボビーったら!ただライブの楽屋に押し掛けてきたアイツを追い払おうとしただけよ!もう!でたらめだわ!」
ガムリンはほっと胸をなで下ろす。
「あとですね…ああ、これはおかしいですね、『ミレーヌ・ジーナスとレイ・ラブロック、超年の差熱愛!?』ですって。」
そこには腕を組んでいるレイとミレーヌの画像が掲載されていた。ミレーヌもおかしくなって笑い出す。
「こんなの!ありえないわっ。レイとあたし…って!あはは!」
ですよね、とガムリンも一緒に笑いだす。ほんとうにすべてデタラメだったんだ。そう安心したガムリンは最後に一番気にかかっていた記事をミレーヌに見せる。
「ほんと、でたらめばっかりですね、あとこれも…『熱気バサラとミレーヌ熱愛!暗くなったライブステージの上で手をつなぐ二人』。この写真は合成でしょう。まったく、銀スポには困りましたね。」
ガムリンはミレーヌに明るく話しかけたが、ミレーヌからの応答はない。向かい合って座っている彼女を見ると、銀スポを凝視したまま固まっていた。
「あの・・・ミレーヌさん?」
ガムリンが不思議に思い、声をかけると、ミレーヌは顔を少し赤くしたまま、弱弱しく呟いた。
「なんで写真撮られてるのよぉ…ステージ、真っ暗だったのに…やだぁ。」
思いがけない返事に、今度はガムリンの動作が止まる。じっと見つめられていたことに気付いたミレーヌは、はっとしたように顔を上げ、慌てながら言う。
「ちがうのよ!ガムリンさん!あたしその日ちょっと調子悪くて…ライブのときフラってしちゃったから、バサラが演奏が終わったあと楽屋につれていってくれたのよ。手をつないだのは…あれは繋いだというか…平気だっていったのにバサラが無理やり引っ張ってったのよ!そのあとだってバサラが…もしかしてそこまで撮られてないわよね!?…って、ううん、なんでもないの!」
だからそれは…嘘じゃないけど…違うわ、と彼女にしては歯切れの悪い口調で話した。てっきりこの記事に関しても否定してくれるだろうと願っていたガムリンはショックを受ける。互いに考え込み、数秒の沈黙が流れたが、ガムリンがわざと大袈裟な明るい声を出す。
「そうですよね!まったく、事実無根ですこんなもの!大袈裟すぎますよね、いい迷惑です。…そろそろ帰りませんか。帰りが遅いと、私が市長からお叱りを受けてしまいますから。」
ミレーヌは、そ、そうね!といい、慌てて立ち上がった。
「ガムリンさん、今日はありがとう。楽しかったっ。」
ミレーヌはいつも通りの調子で言った。少々表情が曇っていたのをガムリンは心配したが、自分も明るく言い返す。
「私も今日は楽しかったです。また連絡します。じゃあ、おやすみなさい。」
おやすみなさい、とミレーヌが挨拶すると、ミレーヌの邸宅の前で別れた。
ミレーヌと別れたあと、ガムリンは難しい顔をして思い悩む。
ミレーヌさんはなにもなかったと言っていたが…
やはりバサラは破廉恥な男だ!
ミレーヌさんのそばにあいつがいるのはやはり危ない…
ミレーヌさんを守らなければ…
ガムリンはすっかり夜の様を呈した星空ホログラフィーを見上げながら誓った。
当分、ガムリンの銀スポ購読は続くことになる。