17. 今更だけど言わせてよ

date:2009/02/07
ジャンル:バサミレ

レイは、練習場に一人残り、明日のライブの企画書に目を通していた。
つい先刻まで一緒にいたミレーヌとビヒーダはもう床についてしまった。明日は、ミレーヌのバースディライブだ。誕生日当日こそ休みを取ったミレーヌであったが、さっそく次の日にはライブの予定を組み込んでいた。レイやスタッフたちは、ミレーヌの誕生日の次の日に催されるライブに、ミレーヌへのサプライズプレゼントを用意しようと、周到に企画していたのだ。昔から企画書に目を通したり、スタッフとの打ち合わせに参加するのはレイの役目だった。ビヒーダもミレーヌも、そして今は行方をくらましているバサラも、めったに話し合いの場に参加することはなかった。今回はそれがかえって好都合だった。今回のライブの概略も、先週おおまかに彼女らに伝えただけだ。

その日ミレーヌは、昼間は両親と食事をし、夕方にはガムリン木崎とのデートだった、とレイはミレーヌから聞いていた。そしてガムリンと別れたあと、FIRE BOMBERの拠点地であるアクショへとやって来たのだ。やっぱり、誕生日の最後はみんなと過ごしたかったの、とミレーヌは嬉しそうにそういうと、どこかで買い込んできたのだろう酒や軽食を持ち込んで、即席のバースディパーティを始めた。てっきり終日両親やガムリンと過ごすのであろうと踏んでいたレイは何も準備をしていなかった。当日誕生日を祝えない代わりに、サプライズステージを企画していたのだから。突然の訪問に、レイは少し驚いたが、温かくミレーヌを迎えた。この訪問には、彼女のささやかな願いが込められていることを感じ取ったからだ。

(ミレーヌは、バサラに会いたかったんだろう。もしかしたら帰ってくるかもしれない、という望みを持って、ここまでやってきたんだ。生憎、あいつは今もどこかを彷徨っているのだろうが。)

レイはミレーヌの望みがかなわなかったことを残念に思った。本当は、明日のライブにだって、彼は参加すべきだったのに。誕生日を彼女が本当に祝って欲しかったのは、ミレーヌが最も望んでいたのは、他でもないバサラであるというのに。

一通り企画書の最終確認を終え、レイはため息をつく。
壁に掛けてある時計を見ると、すでに日付が変わり、午前1時を回っていた。ライブの準備は早朝からだ。そろそろ寝るか、とレイが腰を起こし、己の寝室へ向かおうとすると、玄関のドアが開き、誰かがこちらへ向かってくる音がした。

(ビヒーダか?もうとっくに寝たと思っていたが。)

レイは気にせず、ミレーヌの目に留まらないようにと書類を片付け始めた。背後に気配を感じ、レイは、ビヒーダ、どうしたんだ、と振り向きながら呼びかける。しかし、そこに立っていたのはビヒーダではなく、ましてやミレーヌでもなかった。もう数か月も消息を絶っていたバサラだった。

「バサラ!帰ってきてたのか。」

レイは驚きで一瞬動作が停止したが、バサラがいつもと変わらず、悪びれる様子もなく「よぉ」と手を上げると、気の抜けたように笑いだした。

「まったく、ここを出たときも突然だったが、帰ってくるのもいきなりだな。なんかあったのか。」

いや、とバサラはそれだけ答えると、彼の愛用していたマグカップを取り出し、コーヒーを淹れ始めた。レイはバンドの近況を伝え、どこへ行ってたんだ、相変わらず歌ってるんだろう、などと問う。バサラもレイの言葉にぽつぽつと返事を返した。そういえばな、とレイは話を切り出す。

「今日は…といっても日付は変わったが、ミレーヌの誕生日だったんだぞ。」

「そうなの?」

バサラは少し驚いたように言う。するとふと考え込み、にやりと笑うと、なるほどね、とひとり合点した。レイは彼の発した言葉を解釈し兼ねたが、それはいつものことだ、気にしない。バサラがレイに訊ねる。

「…ミレーヌは?」
「お前の部屋で寝てるよ。」
「俺の部屋?」

なんでだよ、とバサラは不思議そうに呟く。そんな彼に、レイはやれやれ、と肩を落とす仕草をした。

「お前がいなくなってから、ミレーヌはまた少し元気がないんだ。お前のことを心配しているぞ。お前がゾラの惑星に旅立った時ほどは落ち込んではいない。おそらく俺やビヒーダに心配をかけないように明るく振舞っているんだろう。」

バサラはなにも言わない。ただレイに背を向けて、コーヒーメーカーから滲み出てくる黒い滴を見つめている。なぁバサラ、というレイの言葉を遮り、バサラがようやく口を開く。

「俺はまだ銀河に俺の歌を聴かせてないんだ。銀河はでかい。まだ歌が届かないところが山ほどあるんだ。」

それは、まだ帰らない、またシティ7を出ていく、ということを意味していた。レイは予想通りの彼の台詞に、思わず笑い出す。バサラの性格はわかっている。バンド結成まで一人で宇宙を旅していた男だ。今まで狭いシティ7の中に留まっていたことが不思議なくらいである。再び旅立つ彼を止める気などまったくなかった。そうじゃなくてな、とレイは続けて言葉を紡ぐ。

「素直になったらどうなんだ。」

レイが優しく諭すように言う。バサラは訳がわからず、なにが。と訊ねた。

「お前とミレーヌだよ。俺は別に、お前がどこへ行こうとかまわないんだ。お前は昔からそうだった。俺に止める権利なんてないさ。だがな、ミレーヌのことを少しは考えてやってくれないか。」

レイは以前から、バサラとミレーヌの間に流れる、何か熱いものを感じ取っていた。歌でハートを伝える、そんな彼と、同じ価値観を共有し、それに追随するスピリチアを持つ彼女とが、互いに惹かれ合わない訳がなかった。共に歌うにつれて高まる二人の感情が、当人たちが気づいていなくとも、周りには伝わっていた。こんなに近くで、幾度となく声を合わせているのに、熱いハートを剥き出しにしているのに、一番伝えたいのであろう互いにはうまく伝わらない。

(お前たちには、俺とアキコのような思いをさせたくないんだ。)

レイはふと過去の記憶を呼び起こす。
生きるか死ぬかという職業柄、大切な人に素直になれなかった。
彼女を幸せにする、自分にはそのような資格はないと感じていた。
自分の代わりに彼女を、そんな自分の想いを託した親友も、もう帰らぬ人となってしまった。


バサラは何も言わず、淹れたてのコーヒーを持って部屋を出ようとしていた。

「おいおい、聞いてるのか。」

レイが呆れたようにそう呼びかけると、バサラは億劫そうにレイの方を振り返ったが、ふいに少しほほ笑んだ表情をみせる。

「そんなの、今更だろ。」

バサラはそう言い残すと、レイに背を向け、ひらひらと手を翻し、部屋を出て自室の方向へと向かっていった。


バサラのいなくなった部屋に、レイはしばらく立ちすくんでいたが、はは、と声にだして笑うと、その場に座り込んだ。こと恋愛に関しては、レイが問うても明確な返答など得たことがなかったので、先ほどのバサラの返事にレイは驚いていた。

「俺が口出しする必要なんてなかったな。」

レイは優しい笑みを浮かべる。
彼らの気持ちは、もう通じ合っていたのか。
なかなか言葉にできない気持ちを、言葉ではなく、歌で伝え合っていたのだろうか
そしてそれを感じとることができたのか。
それはかつての自分たちにはできなかったことだった。


静けさの戻った練習場は、ひんやりと冷たかった。

ハッピーバースディ、ミレーヌ

レイが呟く。本人に届くことにない声は、閑散とした部屋に小さくこだまして消えた。レイはゆっくりと腰を上げ、自室へと向かう。床につくと、レイの耳を、聞きなれたギターの音色と、闇に溶けるようにささやく歌声が掠める。

「今夜は、よく眠れそうだ。」

レイはそう言うと、ゆっくり瞳を閉じた。








あとがき

ミレーヌの誕生日に書いた「指折り待つ日」の番外編です
バサラはミレーヌがアクショにいるって知っています。
だって声が聞こえたんだもん。

バサラ「今更だろ」っていわせたかったんです…;;
すきっていわなくても、伝わってんじゃないの?てことです
あと、お題「今更だけどいわせてよ」というのはレイの立場でってことです


お題提供元:恋したくなるお題(ひなた様)

17. 今更だけど言わせてよ