20. お守り代わりにそっと

date:2009/01/23
ジャンル:ミハクラ



ミハエルは誰もいない静まりかえった格納庫に一人佇んでいた。
足元が少し明るい程度のライトの光の中を、ミハエルの靴の音だけが無機質に響き渡る。足を止め、上方を見上げた。そこには自分の愛機があった。スカイブルーの塗装が施されたミハエルの愛機、VF-25Gは薄暗い部屋の中でもひと際輝いている。ミハエルは梯子を使ってコックピットに乗り込む。出撃前の緊張感がないせいか、コックピットの中は居心地のよささえ感じられた。自分の身体によく馴染む。ミハエルはシートの上に置いてある己のヘルメットを手に取った。するとミハエルはポケットから1枚の紙切れを取り出してじっとそれを見つめる。やがて彼はふ、と優しく微笑むと、その紙をヘルメットの内側に貼り付けた。


神や仏なんか信じていない。
お守りも持っていないし、教会にも行かない。願掛けなんか、しない。
生き残るためには、生きてまたここに帰ってくるのに必要なのは
そんな他力本願ななにかではなく己の力だ。
俺は神や仏なんか信じない、でも。






お守り代わりにそっと










「クラン。ごめん!待った?」

ミハエルは両手のひらを胸の前で合わせ、申し訳なさそうにして現れた。さっきからせわしなくあたりを見回し、そして何度も手に持った鏡を覗きこんでいた少女はびっくりしたように飛び上り、一瞬ぱぁっと見せた笑顔をすぐに隠した。

「べ、別に待ってなどいないぞ!私だって今着いたところだ!」

ミハエルの幼馴染で、SMSの上司でもあるクラン・クランは愛らしい大きな瞳をさらに見開いて反論する。クランとの待ち合わせ場所に向かう途中、遠くから先ほどの彼女の様子を見ていたミハエルはそのたどたどしい言い訳に苦笑する。頼みがあるんだ、と話を持ちかけたのはミハエルだった。クランのオフの日に、持ってきてほしいものがある、とクランを美星学園に呼んだのだ。ミハエルは学校が終わったあと仕事が入っており、その合間を縫ってクランの元へ向かうことになっていた。クランにわざわざ自分のところまで来てもらうのは少し申し訳ないと感じたが、そこは幼馴染の仲だ、きっと来てくれる、とミハエルは確信していた。実際、彼が頼んだ時、初めはけげんそうな顔をしたが、いつものように「仕方ないな。」と笑うと、あっさり承諾してくれた。ミハエルはクランの困ったような笑顔が好きだった。

「それで、持って来てくれたの?」

ミハエルが訊ねると、クランはバッグの中から1枚の封筒を取り出した。

「ほら、持って来てやったぞ。まったく、私を呼び出してまでの用事だったのか?明日SMSで会うだろうが。」

クランは少し呆れたように言うと、ありがとう、といったミシェルに不思議そうに訊ねる。

「何に使うんだ、私とミシェルの小さいころの写真など。すぐにでもに欲しい、なんてどうかしたのか。」

クランがミハエルに渡したものは、幼い頃、クランとミハエルが公園で遊んだときの写真だった。ゼントラ化したクランが、ミハエルと一緒にぶらんこで遊んでいるもので、その姿はとても微笑ましく写っていた。ミハエルは、封筒の中身を確認し、クランの方を見ると、他の女性には絶対に見せないようなからかうような、いたずらな笑顔を見せて、

「いや〜俺のクラスの可愛い女の子たちがさ、俺のガキのころの写真が見たいっていうんだ。女の子の頼みは断れないからな!サンキュー、クランっ」

ミハエルは悪びれもなくそう言った。すると目の前に立っていたクランが、拳を握りしめ、ぶるぶると震え出す。

「〜〜ミシェル!!お前という奴は!そんなことのために私をこんなところまで!!せ、節操なし!けだもの!許さないぞ!」

クランは片手を振り上げ、ミハエルに飛びかかる。ミハエルはそれをひらりとかわして逃げ、振り返ってクランを呼ぶ。

「クラン!わざわざ悪かったな。じゃあ俺仕事だから!また明日な。」

ミハエルは人前では滅多に見せないような満面の笑みでクランにそういうと、逃げるように走り去っていった。クランは小さいころからこの笑顔に弱かった。泣き虫だったミハエルの、たまにクランにだけ見せた笑顔。クランは昔を思い出し、心が和む。

「まったく…明日会ったら覚えておけ。」

ミハエルの笑顔にしばし見惚れてしまったクランは己を恥ずかしく思い、捨て台詞のような独り言を残し、ここに来た時と同じくらい足取りも軽く、家路へと向かった。



ミハエルは任務へ向かう準備をしていた。
パイロットスーツに身を包むと、一気にアドレナリンが上昇し、緊張感が高まる。格納庫へ向かい、愛機に乗り込む。となりには彼の後輩である、ルカ・アンジェローニの機体もあった。ミハエルはコックピットに積んであるヘルメットを手に取る。こつん、と額にそれを当て、祈るように目を閉じた。少し遅れてきたルカが、ミハエルの行動を不思議そうに見つめる。

「ミシェル先輩、何やってるんですか?」
「…願掛け、みたいなもんかな。」
「そんなこと、前からやってましたっけ?大体ミシェル先輩、神様なんて信じない、とか言ってたのに。」

今日から始めたんだよ、と明るく笑うと、ほら、お前も早く乗れ、と後輩を急かした。


コックピットのカバーガラスが降り、格納庫のカタパルトが開く。ゆっくりと前進する機体の中でミハエルは再度祈るように瞳を閉じる。すぐ隣のカタパルトからは、クラン・クラン率いるピクシー小隊が既に出撃している。ミハエルはそれを横目で見やった。

神様なんかじゃないさ、と小さく呟くと、ゆっくり瞳を開き、
ミハエルは真暗闇の空間へと飛び立っていった。











任務の後、クァドラン・レアに乗ったまま、クランは物思いに耽っていた。手のひらには小さな青色のヘルメットがのっている。クランはそれを見つめながら呟く。

なぁミシェル、私の写真は役に立ったのかな。
結局、お前を守ることはできなかったけれども。
戦いへ向かうお前を、少しでも支えることができたのだろうか。

なぁミシェル、私は、お前がいないと。
何を守って戦えばいいんだ、お前が、そばにいないのに。


ミハエルの、太陽のように眩しい笑顔が頭に浮かんでは、消える。

涙はもう出なかった。
クランはミハエルのヘルメットをしばらく見つめたあと、自機の中へ仕舞い込む。
そして胸元で光るシルバーフレームの小さな眼鏡を指で大事そうにつまみ、
それに愛おしそうに口づけた。目を閉じて、祈るように。








あとがき

こんなの書いておいてアレですが、
ミハエルのヘルメットの裏の写真は、
ミハエルが小さいときからずっと離さずもっていたもの
という設定のほうがあたしは萌えます←
でもこれもひとつの形ということで笑


お題提供元:恋したくなるお題(ひなた様)

20. お守り代わりにそっと