潤んだ唇から、濡れた舌が覗いた

バサラ×ミレーヌ


潤んだ唇から、濡れた舌が覗いた


「TRICK OR TREAT!!」

名を呼ばれ、振り向いた途端に発せられた台詞に、熱気バサラはその意味を汲み取れず、はぁ、と聞き返す。
その声の主は、彼の呆けたような反応に不服だったようで、なによ、つまんないの、と頬を膨らませると、頭に乗せている円錐状の鍔付き帽を指で差しながら少し怒ったようにバサラへと詰め寄った。

「知らないの?今日が、何の日かっ!!」
「知らないな。」

彼にとって意味をなす日付といったら、ライブの日、練習の日、オフの日、それくらいのものだろう。それらの決められた予定ですら自分の都合や気分で変えてしまったり無かったことにしてしまったりできるのだから、彼にとってカレンダーなんてものは、もはやどうでもいいものと判断されているのかもしれない。ただ、唯一彼が記憶している記念日、といえば、先程から不機嫌そうにぶつぶつと愚痴をこぼすミレーヌ・ジーナスの生まれた日付であろうか。といっても、彼女の誕生日が近付く度に、彼女や、彼女の母、そして周囲の人間からしつこく問い詰められるものだから、(例えば、もうすぐ何の日か覚えてる、だとか、ミレーヌの誕生日くらい覚えてやったらどうだ、とか、そんな具合だ。)嫌でも覚えてしまった、というのがあるのだけれど。

「ハロウィン!今朝ニュースでもやってたじゃない。おばけとか魔女に仮装して、町中練り歩いてお菓子をもらうのよ。何年か前からシティ7でも流行り出して、今年は町中仮装した人だらけだったんだから。」

そう云うと、ミレーヌは身につけていた漆黒のロング丈のマントをひらりと翻し、可愛いでしょ、と得意気な表情を見せる。
バサラは欠伸をひとつ零しながら、面倒臭そうにミレーヌの話を聴いていた。彼女の説明を聴く限りでは、彼女自身もハロウィンについて詳しい知識があるわけではなさそうだった。流行りもの好きのシティ7の市民達は、他惑星、他船団の文化を進んで取り入れようとする習慣があるらしい。その傾向はミレーヌの母であるミリア・ファリーナ・ジーナスが市長に就任した後、更に顕著になったとも言えるだろう。バサラは、心底どうでもいい、というスタンスを崩すことなく、目の前に立つミレーヌに向かって、で、何がしたいわけ、と云った。

「だから、TRICK OR TREAT!わかる?『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』ってこと。」
「で、俺に何の用だよ。」
「だから!バサラはあたしにお菓子を渡さないといけないの!そうじゃないといたずらされちゃうの!今日はそういう日なのよ!」

ミレーヌは声を荒げながらそう云うと、はぁ、と盛大にため息をついて帽子を外すと、バサラは、へぇ、と半ば他人事のような返答をした。ミレーヌは彼のそのような反応に、疲れたように彼のベッドへと腰掛ける。

「もぉ、いいわよ。なんとなくわかってたから。あーあ、バサラのとこ寄るだけ無駄だったかしら。」

彼女はどうやらハロウィン気分を楽しみたかったらしい。しかし、仮装をして、アクショを訪れたものの、レイとビヒーダは不在、そして残るバサラはハロウィンの意図を全く掴んではいなかったのだ。ミレーヌはがっかりしたように肩を落として、先程ベッドへ放ったコスチュームの帽子を指でくるくると回した。すると、そんな彼女の様子を見ていたバサラが何か思いついたように悪戯な笑みを浮かべ、ミレーヌの元へと近づいて声を掛ける。

「おい、俺は何にも持ってないぜ。」
「知ってるわよ。最初から期待なんかしてなかったもの。」
「そういうときは、いたずらするんだろ。」

ミレーヌは、はっとしたように顔を上げ、バサラを見つめると、そっか、そうだったわ、と嬉しそうに笑った。実際、「いたずらをする」なんてものは口先だけで、ハロウィンの醍醐味といえば家々を巡ってお菓子をもらうことだと思っていたから、実際にそうしようだなんて考えたことがなかった。お菓子がないのならば、悪戯をしてしまえばいいのだ。きっとそれも、ハロウィンの楽しみ方に違いないだろう。ミレーヌはそう己の頭の中で整理をつける。しかし、そうは云われたものの、なかなか行動に移すことができなかった。

「で、何をすればいいのよ。」
「そんなことも知らないのかよ。」
「・・・だって、あたしはお菓子をもらいに来たんだもの。ほんとうに悪戯しようなんて考えてもなかったわ。うーん…バサラの顔にマジックで髭を描く、とか?それとも部屋中をぐちゃぐちゃに荒らす・・・その前にもうずいぶん散らかってるけど。」
「・・・そういうのじゃ、ないんじゃないの。」

へ、とミレーヌが呆気にとられた声を出すと、バサラはふと思い出したようにジーンズのポケットの中を漁り、小さなピンク色の包み紙に巻かれたキャンディを取り出すと、お菓子持ってるじゃない、と咄嗟に呟くミレーヌを他所にそれを己の口へと運んだ。ミレーヌは彼の思惑を計り知ることが出来ず、黙ってその様子を見つめる。小ぶりなキャンディを口に含んだ瞬間、口に広がったのであろう甘みに顔を顰めたバサラを見て、ミレーヌは思わずくすりと笑った。彼の周りに漂う芳香は、小さい子供が喜んで口にするであろう甘いストロベリーのようで、甘酸っぱい香りはミレーヌの鼻腔にも届く程に鮮烈だった。
バサラは眉間に深く皺を刻んだまま、腰を曲げ、ベッドに座っているミレーヌと視線を合わせる。距離が縮まり、芳香はいっそうミレーヌの鼻を刺激する。甘い。バサラは、困惑した様子のミレーヌを見つめ、口の端を吊り上げるだけの微かな笑みを浮かべると、そのままミレーヌの唇に己のそれを重ねた。

「ん、んん?!」

ミレーヌの口の中に、甘ったるい苺の匂いが充満する。実際に飴を舐めているのはバサラの方なのに、濃厚な位に香るそれとバサラの口腔に染みついた味に、このキャンディが最近シティ7で発売されて話題になっているものだと気づく。ミレーヌは、これ、前アキコさんにもらったやつだ、今度買ってみようかな、などとぼんやりした思考で考える。するとバサラは自分の口に含ませていた飴を舌でぐいぐいと押しやり、ミレーヌの口腔内に無理やりねじ込んだ。思わぬ侵入にミレーヌは混乱し、息を詰まらせる。うまく息継ぎができなくて、苦しそうにベッドのシーツを握りしめた。そんな彼女を宥めるように、バサラはミレーヌの上唇に小さく吸いついて、ようやく唇を離す。乾いた彼の唇を舐めるその舌が濡れていることになぜか羞恥を覚えてしまう。ミレーヌは少し弾んだ息を落ち着かせ、紅潮してしまった頬に手のひらを添えて冷やした。口の中にはちょこんともう小さくなってしまったキャンディの欠片が入っていて、それは先程までの行為を思い出させるようでよりいっそう気恥ずかしさを引き立たせる。恐る恐る彼の方を見上げると、バサラは相変わらず口の中に残る甘味と格闘しているらしく、しかめっ面を浮かべたままだ。


「・・・どういうつもりよ?」
「いたずら、だろ。」
「なんでバサラがあたしにするのよ?」
「お前が解ってなかったからだろ。」

恨めしそうに問いかけるミレーヌに、バサラはにやりと笑いながら答えた。ハロウィンという行事を彼なりに解釈したらしく、なにやら得意げな表情を浮かべる彼に、ミレーヌは呆気にとられてしまった。そもそも、悪戯をするのは、お菓子をもらえなかった彼女のほうであって、彼がそれを仕掛ける必要はないのだ。それに。

「それ、いたずらじゃ、ないわ。」

バサラだって、全然分かってないじゃない。ミレーヌはバサラに聞こえないよう、小さく呟く。彼の口づけはほんのりと甘くて、口腔を介して与えられたストロベリーキャンディの味は、彼とのキスの記憶とともにきっと忘れることなんてできないのだ。トリック・オア・トリート。彼の仕掛けたお菓子のように甘いいたずらは、



TRICK OR TREAT?




「てゆうかバサラ、お菓子持ってるじゃないの!」
「ああ、なんか道歩いてたらもらったの、思い出した。」

「もぉ!」