彼女の吐息が頬に触れる

マックス×ミリア(マクロス7)






ミリア・ファリーナ・ジーナスは、シティ7の市長を務めている。
かつて、まだ人類とゼントラーディが対立し、戦争を繰り返していた時代、ゼントラーディ軍のエースパイロットであったミリアは、同じく統合軍のエースであるマクシミリアン・ジーナスと恋に落ち、史上初の星間結婚によって両軍に大きな影響を及ぼした伝説の人物である。その後彼女はイーグルネスト空戦戦技センターの教官を経て、支持率90%を誇るシティ7の市長となった。しかし最近は頻繁に市民を襲うバンパイア、もといプロトデビルンの存在に頭を悩まし、夫であり、バトル7の艦長を務めるマクシミリアン・ジーナスとの諍いも絶えなかった。今日はその彼とのバトル7艦内での会議を予定している。どうも彼とは意見の食い違うことが多く、定期的に開かれるプロトデビルン奇襲時の対策についての会議では長丁場になることがしばしばあった。今日の話し合いも長期化が予想されるだろう。お互いに最高位の立場に立ってしまった以上、夫婦、などという関係や情は捨てなければならなかった。もっとも、実際の夫婦関係もうまくいっているとは言い難く、巷では離婚すら噂される始末だった。


ミリアは専属の秘書兼ボディガードであるマイケル・ジョンソンの運転する車に乗り込み、バトル7にいるマックスの元へと向かう。先の公務が長引いて、約束の時間に遅れてしまいそうだった。

「マイケル、最近のミレーヌの様子はどうなの。」
「はい、ミレーヌお嬢様はいつもとお変わりなくお元気です。ですが、相変わらずアクショに頻繁に出入りしているようです。まったく、あのバサラという男がお嬢様をそそのかしているに違いありません。」

車中でのこの一連のやり取りは、もはや習慣となりつつある。
ミリアはマイケルに、現在家を出て一人暮らしをしている末娘、ミレーヌの監視をさせていた。最近治安の悪化しているシティ7である。14歳の娘を一人放っておくことなどできなかった。もっとも、己に似て気丈な性格であるし、監視につけているマイケルたちを器用に撒いている点からして、護衛をつける必要などないのかもしれないのだが。しかし最近ミレーヌはシティ7の中でも危険区域であるアクショへ出入りし、ロックバンドの活動に傾倒するなど、少々お転婆な行動が目立つため、彼女が嫌がることを承知で監視を続けているのだ。

「そう…。一人暮らしを許した途端にこうなんだから…マイケル、引き続きミレーヌのこと、きちんと見張ってて頂戴。」
「もちろんです。現在も部下のジョニーに跡を追わせています。お任せください。」
「頼んだわよ。」

マイケルとの会話もそこそこに、目的の場所に到着すると、ミリアは車から降りた。今日こそ満足のいく結果を導き出してみせるわ、と、バトル7内で己を待ちかまえているであろう彼を思う。そして、それが出撃前の儀式であるかのように、お気に入りの帽子を被り直して、スーツの襟を整えた。

バトル7の艦内は、連日のプロトデビルン来襲の影響もあってか、常より騒がしい様子であった。マックスからの定期報告によると、プロトデビルンの攻撃によって戦闘要員が次々と神経衰弱に陥ってしまっているため、現在人員不足が続いているらしい。撃墜されたバルキリーの修復も追いつかず、バトル7の面々は過労働を強いられているようだった。

艦内通路を歩き、マックスとの待ち合わせ場所であるブリーフィングルームへ向かう。己のすぐ前を歩いていた軍服姿の男に声を掛け、案内を頼んだ。その軍人はミリアの姿を見るなり、大袈裟に恐縮して敬礼し、目的地まで手引きしてくれた。
ミリアはブリーフィングルームの自動開閉ドアの前に立つ。指定された時間をもう15分も過ぎてしまっていた。ミリアは既に彼はこの中で待機しているのだろう、と思い、ドアの横に設置してあるインターフォンを鳴らす。いくら己が市長であるにしても、ここは一応彼の領域だ。敬意を払う必要がある、と考えたからだ。だが、マックスからの応答はなかった。もう一度鳴らしてみるが、結果は左様であった。ミリアはコンコン、と硬い金属のドアをノックして、応答を求める。

「マクシミリアン艦長、市長のミリアです。艦長?…マックス!」

ミリアは耐えきれず、自動開閉ドアを勢いよく開け、室内へと入った。20畳程の空間に、大きな楕円のテーブルと、モニター。そして、椅子に座っているマックスの後姿がそこにあった。シュ、という音と共に扉が閉まる。ミリアは呆れた様子で、後ろ姿のマックスに声を掛けた。

「マックス!何故応答をしなかったの!?…マックス?」

マックスの反応は、ない。不思議に思ったミリアは、彼の顔を覗きこもうと彼の前方へと回り込む。するとミリアは、少し驚いたような表情を見せ、そして一瞬、微かに微笑んだ。マックスは椅子に座って立て肘をついたまま眠っていた。生真面目に会議の資料を机上に並べ、利き腕にはペンを握りしめたままである。人員不足のバトル7だ。艦長であるマックスは他の隊員以上に労働を強いられていたに違いない。それこそ、睡眠時間の多くを削られるような、である。

「寝ていなかったのね。」

もう歳なんだから無理は控えるべきだわ、と皮肉めいたことをぽつりと呟く。彼の寝顔を見たのは、何年振りだっただろうか。とふと思う。彼と家を分かつようになってからも随分経つが、一緒に暮らしていたときでさえ、己が眠るころには彼はまだ起きていたような気がする。毎日山のように資料を持ち帰り、遅くまで仕事をしていた。家族と過ごす時間を失いたくない、と残業をなるべくしないようにして帰宅している代償であろう。今ではそんな彼と、時間、そして心も遠くすれ違ってしまったのだけれど。
ミリアはそっと彼の傍へと近づき、身につけていたアイボリーのストールを外すと、マックスの肩へとふわりと掛けた。艦内の空調は軍服に合わせて涼しく設定されている為そのストールは、ミリアがバトル7に出向く際によく身につけてゆくものだった。そして眠り続ける彼のかんばせにゆっくりと近づいて、お疲れ様、と声には出さず、そっと囁くように唇だけを動かした。

「…仕方ないわね、こちらの資料は、置いていくわ。」

ミリアは姿勢を戻し、困ったように笑みを浮かべながら小さく云った。資料の余白部分にメモを残し、静かに部屋を後にした。



「随分お早いお戻りですね、市長。」

迎えの車を呼びつけると、到着したマイケルが驚いたように言った。

「いいのよ、要件は済んだわ。マイケル、次の予定は?」
「このあとはオフィスでの公務以外の予定は入っていませんが。戻られますか?」
予定より早く済んでしまったため、このあとの出張公務や緊急の予定はない。オフィスでの仕事ならばそう時間はかからないだろう。

「時間があるわね。アクショへ向かってちょうだい。ミレーヌに会いに行くわよ。」

思いついたようにマイケルにそういうと、ですが…、と一瞬戸惑いを見せた。

「娘の顔を見に行くのだって、立派な母親の仕事よ!早く車を出しなさい。」
「わ、わかりました!」

ミリアの剣幕に急かされて、マイケルは慌てて車を発進させる。思わぬところで娘に会う時間を作ることができた。マックスに礼を言うべきなのかしら、ミリアは一人呟くと、小さく笑った。








上半身を支えるために立てていた肘がかくん、とバランスを失うと、その衝撃でマックスは目を覚ます。はっとなり、即座に状況を判断する。今日はミリアとの会議があったはずだ。ブリーフィングルームへ向かい、彼女を待つ間に眠ってしまったのか。時計を見ると、既に時間は約束されたそれより1時間以上も過ぎていた。マックスは少し慌てて周囲を見回す。しかしミリアの姿はもはやなかった。大目玉を喰らってしまうな、と一人ごちていると、ふと肩に掛けられた白い布に目が移る。

「…ミリアのものか。」

そういえば彼女がここにやって来る時、常に身につけていたような気がする。彼女がこれを掛けてくれたのか、とマックスは驚いたように呟く。そして前方に目を向けると、今日、自分が用意した会議資料の横に、ミリアが持ち込んだのであろう、オフィス側の資料が積んであった。その綴られた書類の表紙の余白に、彼女らしい、几帳面な筆跡で、メモが書き込まれていた。

『資料とストール、早急にオフィスへ届けること』

彼女らしい文体に、思わずマックスの口元が緩む。

「急がなければならないな。」

今日はきっと仕事も早く終わるだろう。今夜、彼女の邸宅を訪れてみようか。 マックスはそう心に決めると、ゆっくりと立ち上がり、メインブリッジへと向かう。今日くらい、敵の来襲がなければいいのだが、と誰にともなく愚痴を零しながら。







あとがき

お題のタイトルを、「彼」→「彼女」へと変更しました。
私の思うマクミリは、おしどり夫婦であるより「戦友」ですね。
新婚のときのかわいらしいようすも好きですが、
年を重ねて、共に闘う中で、互いに高め合う関係になってほしい。
こういう点はミハクラにも共通していて。
やっぱり…いいですね。私も彼も、パイロットww