筋張った、一回り大きな手に包まれて

09/05/29 ミハエル・ブラン×クラン・クラン

「ミシェル、私、今度初めてマイクローン施術を受けてみようと思うんだ。」
「へぇ、今まで散々渋ってきたのにな。戦士の誇りが云々とか言ってさ。」
「仕方ない、来年メインアイランドの学校に進学するんだ。アイランド3を出なくてはいけなくなるからな。・・・それで、ミシェル。」
「何?」
「私がマイクローンになったら…――――――」



手を、繋ぎたかった。
同じ目線に立ちたかった。
彼を見上げてみたかった。
もっとすぐ傍で、彼を見つめていたかった。
ただそれだけでよかった。





筋張った、一回り大きな手に包まれて





「もう、2時になってしまった。ミシェル、待っているだろうな。」

噴水広場に設置された大きなホログラムの時計は、カラフルに踊りだす数字と陽気なメロディで道行く人々に時を知らせる。PM2:00。勇気を出せ、と心の中で雄々しく声を上げながら、クランは噴水広場から少し離れた、目的地である大きな時計塔の方を見据える。しかし、彼女の足は地に浮くことはなく、その場に立ちつくしたまま、頭を垂れる。

生まれて初めてマイクローン化を施すこの日に、クランはミハエルと待ち合わせをしていた。丁度1週間前、彼に自分がマイクローンになる、と告げたときに、デートの約束を取り付けたのだ。マイクローンになった姿を彼に一番に見てもらいたかった、というのもあるし、散々施術を受けることを彼の前で渋っていた手前、勇気を出して施術に挑んだことで、彼の鼻をあかしたかった。

クランは項垂れたまま、己の肢体を見つめた。小さな身体。まるで子供のような手、胸、顔立ち。ゼントランだった時の威厳ある整った美しい大人の四肢は、今では幼い少女のような出で立ちへと変化してしまった。一体どういうことなのか、自分にも皆目見当がつかなかった。一緒にマイクローン施術を受けたはずのネネ・ローラやララミア・レレニアの身体は、もちろん巨人の時のまま、等倍縮小されているのに。自分のようにマイクローン化の際に幼児化してしまう、という例は耳にしたことがなかった。おそらく己の身体には現代の技術がうまく適合しなかったのだろう。原因不明のこの現象は、きっと今日明日のことで解決するような問題ではない、とクランの直感がそう伝えていた。(例えば、たまたま昨夜寝不足だったせいでこうなってしまった、というレヴェルではない、ということだ。)

先程からクランの心の中をぐるぐると旋回し、今にも張り裂けそうにその中を占めているのは、彼女の幼馴染であるミハエル・ブランの存在だった。いつも、小さな彼を見つめ、彼もまた大きな自分を見上げていた。当たり前だったその二人の距離を縮めたかった。街を歩く睦ましい男女のように、彼と手を繋いで、同じ目線に立ちたかった。彼に直接その願望を伝えたわけではない。そう思っている自分の本心ですら、心の奥にずっと秘めたままだ。だけど。今日で変わると思っていた。伝えられると思っていた。お前と手を繋いで歩いてみたかったのだ、と。

クランの視界が、ぐにゃりと歪む。涙が溢れそうだ、と気づき、焦って瞳をごしごしとこすった。こんな体をしては、彼に会うことはできないだろう。彼の好みである妖艶な年上の女性の姿をしていなければ、彼と二人で歩いていたって格好がつかない。身体を縮めても、彼の射程距離にまた入り込むことすらできずにいるなんて。滲み出てくる涙をどうにか抑え込もうと歯を食いしばる。過ぎてゆく時間をどうすることもできない。約束の時間からは、もう30分以上も経過していた。ミハエルは几帳面でフェミニストの塊のような男だから、とうに約束の場所である大きな時計塔の前で、クランが到着するのを待っているのだろう。クランは己の携帯電話を小さなポシェットから取り出す。しばらくの間、液晶画面を見つめ逡巡していたが、やがて意を決したようにボタンを押し始めた。最後にほのかに光る受話器の形をしたペールグリーンのボタンを緊張した面持ちでプッシュする。聞きなれているはずの無機質なコール音にすら思わず身体を強張らせてしまう。

「…もしもし。」

コール音が止み、ミハエルが電話と取ったことがわかる。恐る恐る電話の相手へと声を掛けると、少しノイズの混じった、しかしいつも通りの彼の声が聞こえた。

「もしもし?クラン?お前今どこにいるんだよ。約束の時間とっくに過ぎてるぞ。」
「…すまん。やっぱり今日は無理だ。」

クランは小さく消え入るような声で言った。するとミハエルは呆れたように言葉を返す。しかしクランを諫めるような言葉の中に、何故だかいつもと様子の異なるクランを心配しているそぶりも感じ取れた。

「はぁ?なんだよそれ…。…ていうかクランだよな?声がおかしくないか?風邪?」
「?!と、とにかく、連絡するのが遅くなってすまなかった。」

クランは吃驚して咄嗟に口を手で覆う。幼児化して、声まで幼くなってしまっていたようだ。確かに少し違和感があるかもしれなかった。クランはわざと腹の底から低い声を出す。慣れない発話方法に、不自然に張り上げた声が震える。先程まで浮かべていた涙の余韻の所為か、クランはずず、と鼻を啜った。そんな彼女の様子をミハエルは不思議に思い、訊ねる。

「・・・クラン?泣いてるの?どうかしたのか。」
「…っ。泣いてなどいない!とにかく、今日は会えなくなったんだ。…もう切るぞ。」

ぷつりと電話を切る寸前に、慌てたような彼の声が聞こえたが、クランはもう迷わなかった。やはり、このような姿をミハエルには見せられない。どうせ、待ち合わせ場所へ向かったとしても、自分から声を掛け、名を名乗るまで、自分の正体には気づいてもらえないのだろう。そんな惨めなことは出来るはずもなかった。

携帯電話をそろそろと耳から外し、クランは呆けたようにぐったりと噴水の正面に設けられたベンチに腰掛ける。しばらくそこから動く気力もなかった。下を向いて肩を落とす。


ミシェルは気づいてはくれないだろう。
年上の、キレイな女性がタイプではなかっただろうか。
私の、この惨めな姿を見て、幻滅してしまうのではないだろうか。









「おい!クラン!」

突如目の前から聞こえた耳に慣れた声に、クランは驚いて深く垂れていた首を上げる。そこには、走ってこちらへ向かってきたのだろうか、息を切らせて呆れたような表情を浮かべているミハエルの姿があった。

「やっぱりいるじゃないか。」

心配したんだぞ、とすこし怒ったような声色でミハエルは言った。クランは茫然としてしまい、うまく言葉を紡ぎ出すことが出来なかった。

「、どうして、ここにいるとわかった。」
「電話から噴水の音が聞こえたんだよ」

ミハエルは長い指でTELのマークを作ってウインクをした。クランは思わず、あ、と小さく声を漏らす。このあたりじゃここにしか大きな噴水はないからな、とミハエルはしてやったりの得意げな顔を見せる。

「そ、それに、どうして、私だと分かった。…こんなにちんちくりんな姿になってしまったのに。」
「どうしてって…。俺とお前、何年幼馴染やってると思ってんの。」

判って当然だろう、と言いたげな彼の言葉を聞いて、ぶわ、とクランの大きな翡翠の瞳に涙が溜まる。堰き止めることのできないそれは、ぼろぼろと零れおちるように瞳から湧き出でて、クランの真赤に色づいた頬を濡らした。ミハエルは困ったように笑いながら、かがんでクランの顔を手のひらで優しく包み、涙を拭く。

「なんか、新鮮だな。俺、クランより大きいぜ。」

目線を合わせ、うれしそうににか、と笑う彼を見つめると更に涙が溢れた。我慢できずにクランはミハエルの首へと腕をまわした。

「こんなハズじゃなかったんだ!本当の私は、もっと、スタイルも良くて、背も高いし、お前と並んで歩けるような…。」

ぐずぐずと鼻を啜るクランの頭をミハエルは子供をあやすかのようにぽんぽんと撫でた。子供扱いをするな、とこんな状態では格好がつかないとわかっていながらも恨めしそうに呟くと、ミハエルは、はは、と笑いながら、クランの腰に腕をまわして抱きしめてくれた。子供のように泣きじゃくって、頭を撫でられて、しかも見た目まで本当に子供であるのだ。とても滑稽だ、とクランは思った。だけど、初めて見上げた彼がいつもよりも男らしく感じられて、鍛え上げられた逞しい腕や、マイクローンにしては高い方に分類されるのであろう彼の背丈に、クランの心臓は今にも飛び出してしまいそうだった。彼の頸筋に顔を埋めて、お前、こんなに男らしかったのだな、と本音をぽつりと漏らすと、照れたようにすこし慌てた彼を愛おしく感じた。


公園の外へと細長く続く小道をミハエルとクランは手をつないで歩いた。
地に写り込む影は、二人の身長差を事々しいまでに大げさに誇張していて、それを見たミハエルが笑いだし、クランをからかう。

「こうしてると、俺達兄妹みたいだな。」
「うるさい!今に見ていろ、絶対成功してみせるからな!」

にやにやと悪戯な笑みを浮かべるミハエルに、クランは熱り立って反論する。いつまでかかることやら、と更に悪態をつく彼に、クランは臍を曲げてフン、と鼻を鳴らしそっぽを向いた。

しかし繋いだ手は離さない。離してやるものか、と心のなかで呟いて、きゅ、と更にきつく繋いだ手のひらを合わせて指を絡めると、クランは彼に見られないよう、こっそりと笑みを零した。





あとがきっ^^

コミックス「抱きしめて〜」を読んで壮絶に萌え、
初マイクローンのお話を書いてしまいました。
漫画を読んでない方にもわかるとおもいます。…多分;;
細かい設定は私の勝手な付け足しです…
あと、私は女性のゼントラーディを「ゼントラン」と表記しています。
やっぱり「メルトラン」というべきなのかな?
ただマクロスFにはその言葉が出てきていないので、
たとえば看護婦さんを「看護師さん」と呼ぶようになったように、
年を経てだんだん変ってきたのかな…とおもい、あえてこうしました^^