照らしているのは月の光だけ

09/05/01 早乙女アルト×ランカ・リー








電灯の明かりが仄かに照る街並を、白く華奢な手を引いて走り出す。
今、己の胸を占めるのは、彼女を密につれ出すちょっとした罪悪感と、先ほどからやけに高まる緊張感、そして歓喜。小さな手のひらをしっかりと握る己の手は、しっとりと汗が滲んでいた。この位の運動など、日々の鍛練をこなしている自分にはたやすいものだというのに。しだいに早まってゆく心臓の鼓動は、きっとこの行為に対するものであろう。急ぐ足はそのままに、ふと後ろを向き、ランカの様子を窺う。はぁ、と息を小さく吐きながら、それでも差し出された彼の手をしっかりと握りしめて後を追う。疲れている素振りを見せながらもアルトと目が合うとふんわりと優しく微笑んだ。そんな彼女の表情に、一瞬呆けたあと、アルトははっと我に返り、少し顔を赤らめながら再び前に向き直る。もうすぐだ、と、彼女に向かってそう云うと、弾む吐息の合間に、うん、と小さく呟く声が耳に届いた。





4月29日、早乙女アルトは、1通のメールを送った。宛先は今や銀河を股に掛ける人気アイドル、ランカ・リーである。普段、自分から彼女に連絡をすることは稀であった。忙しい合間に時々送られてくる彼女の些細なメール(例えば、今日仕事場でこのようなことがあった、とか、初めてのテレビ出演が決まった、とか、そういった報告のようなものだ。)に、まめにぽつぽつと返信をする程度だ。だが、今日は。どうしても伝えたいことがあった。今日でないと意味がなかった。

『今日の夜、お前のところに行ってもいいか。』
『久しぶり、アルト君!!もちろん!ぜんっぜん大丈夫だよ!!』

アルトの送信したそれに対する返信は、驚くほど速く届いた。
よし、とアルトはぱちん、と携帯電話の画面を閉じ、足早に教室を後にした。



夜になり、アルトはランカの邸宅へと向かう。カーキ色のロングコートに身を包んでいるのは、夜の闇に紛れる為であった。人気アイドルである彼女の自宅へは、そう簡単に入ることができない。厳重なセキュリティシステムがあちこちに張り巡らされているからだ。更に、彼女の兄であるオズマ・リーの存在もアルトをおおいに悩ませた。彼に、自分がこんな夜遅くに彼女と密会している、なんてことが知られてしまったら、と想像すると、アルトの背筋に悪寒が走る。彼女の家と、その隣の家屋との間の隙間に入り込み、壁を蔦ってよじ登る。2階のランカの自室までたどり着くと、コンコン、と窓をノックし、彼女を呼んだ。それに気づいたランカはすぐに窓へと駆けより、そっと開くと、今外に出るから、と微笑みながら小さく囁く。彼女が部屋を出たことを確認すると、アルトはゆっくりと地上へと降りる。よ、と地面に足をつけると、目の前には既にランカの姿があった。お兄ちゃん、今日は帰りが遅いみたい、とランカが少しほっとしたような声で云うと、アルトも思わず肩を撫で下ろした。しかし油断は大敵だ。ランカの自宅の前には、ガードマンが常に待機しているのだ。アルトはランカの手を取って、走り出す。戸惑うランカへの説明は後にすることにした。


目的地である小さな公園にたどり着くと、アルトは走ることを止め、ゆっくりと歩き出す。街の喧噪を外れ、ここまで来れば、もう彼女の正体を知る者もいないだろう。そういえば、彼女を急かして連れて来たせいで、ろくな会話も交わしてはいなかった。するとふいに己ときつく繋いだ彼女の小さな手が目に入る。ランカを連れて走る為とはいえ、彼女と手を繋いでいることを照れくさく感じ、アルトは思わず手を離した。刹那の沈黙のあと、ランカがおずおずと話し掛ける。

「あの、久し振りだね、アルト君。」
「ああ、そうだな。…元気だったか。」
「うん!最近全然学校に行けないけど…。みんなにも、アルト君にも会えなくて、淋しかったよ。」

少し照れたように言ったランカのその表情に、アルトの頬も熱くなる。アルトが応えあぐねて黙っていると、ランカが再び言葉を紡いだ。

「そういえば、今日はいきなりどうしたの?急にメールくれたから、びっくりしちゃった。」
「ああ、ランカに見せたいものがあったんだ。…この前、みんなで花見したって言っただろ?」
「うん。」
「ランカは…仕事で来れなかったから…。」
「うん。みんなでお花見、したかったな。桜も見たかったよ。」

楽しみにしてたのに、とランカが残念そうに答えた。
俺も、とアルトは言葉を続ける。歩きつづけ、30段程あるやや急な階段の前までたどり着く。真暗闇の所為か、それを登りきった先に何があるのか、ランカには見当がつかなかった。アルトは再びランカへと手を差し出す。彼女の手を取って、真暗闇で視界の悪い階段をゆっくり登ってゆく。アルトは階段を上りきって立ち止まり、背後に立つランカの方へと向き直る。ランカの視界は、アルトに遮られ、まだその階段を登りきった先に何があるのかがわからない。

「俺も、見たかった、ランカと一緒に、桜。」

どうしても伝えなくてはいけないことがある。
今日でなければ、今でなくては。

だから。

「ハッピーバースディ、ランカ。」


え、と思わずランカの口から洩れた疑問の声に構わず、己より2段程下に立つランカを、同じ位置に立たせる。その瞬間、ランカは、わぁ、と感嘆の声を洩らした。そこには、満開の花を咲かせる桜の樹が1本、人知れず、しかし大きく鮮やかに咲き誇っていた。他の樹々の花が散ったことで春の限りはもう近付いていると思っていたのに。風光るその樹のまわりには、満開の枝から零れ落ちる桜吹雪がそよそよと舞い落ちていた。淡い月の光に照らされて、闇夜の漆黒と、桜の純白のコントラストがよく映える。

「あたし、アルト君に今日誕生日だって、言わなかったのに。」
「松浦に聞いたんだよ。黙ってるなんて、お前らしくないな。」
「最近ずっとお仕事忙しかったから…。ナナちゃんがお誕生日会開いてくれるって言ってたの。でも急にお仕事が入るかもしれないでしょ?だから今年はいいよ、って言ったの。みんなにも言わないでって、あたしが言ったの。この前のお花見の時みたいに、行けなくなっちゃうのが、悲しいから。」

ナナちゃんてば、アルト君に云っちゃったんだ、とランカは少し恨めしそうに呟く。ランカの誕生日を前もって知っていれば、きっとそれに対してなんらかのイベントを催しただろう。そのためにささやかながら準備をして、プレゼントを選び、みんなで集まって彼女の誕生日を祝ったのだろう。だがランカの思惑通り、やはり誕生日である今日も、仕事が入ってしまった。皆の好意を無駄にする位なら、誕生日を知らせない方がいい、と考えたのだろう。全く以てランカらしい、アルトはそう思って小さく笑った。二人で上を見上げ、桜の花を見る。

「遅咲きの桜なんだ。普通、公園や並木通りに植えてあるものとは品種が違うらしい。」
「そうなんだ…。きれい、きれいだね!アルト君!」
「…ああ。」
「ありがとう、アルト君。とっても素敵な誕生日プレゼントだよ。」
「…そうか。」


暫くの間、アルト時がたつのを忘れ、桜の花を見つめていた。
ランカ、とアルトは呼びかける。舞い散る花びらを楽しそうに目で追っていたランカは、くるりとアルトの方へと向き直り、なに?と綻ぶような笑顔で応える。その笑顔に、アルトの心臓は大きく揺れ、鼓動が己の耳に届くように鳴り響く。ランカ、ともう一度名前を呼び、彼女の方へゆっくりと近づく。正面に立って、彼女のふんわりとした子犬のような髪の毛についた花びらを取り払ってやると、ランカは照れくさそうに舌を出して、ありがとう、と小さな声で言った。二人を照らしているのは、人工的な月の朧な光だけだ。アルトにはそれが都合良かった。それは己の幾分か緊張した表情も、そして高鳴る胸の鼓動すら、ぼんやりと闇に溶かしてくれる、そう思った。アルトはそのまま彼女の髪を一房掬って、それに口づける。ふとそうしたいと思った衝動に任せて行ったそれに、ランカは顔を真っ赤にして慌てふためく。そんな彼女を、アルトは愛おしく想う。恥ずかしそうにうわ目遣いに己を見つめる彼女に穏やかに微笑みかけ、満開の桜に負けじと色づく彼女の唇に、そっと口づけを落とした。

ハッピーバースディ、ランカ!!






あとがく。

初めてのアルランでした…。
今回のSSには、春の季語をいくつか入れてみました。
アルランは可愛くてすごくすきです。甘酸っぱい!!
アルシェリは…なんとういうか、シェリルがいい女すぎて、
アルトには勿体ないような気持ちになってしまうのです笑(ごめんなさい!)
あとシェリランなんてのもいいとおもうんですが・・・どうですか?
ランカちゃん、誕生日おめでとう^^