09/08/28 熱気バサラ×ミレーヌ・ジーナス
「・・・遅い。」
真夏の照りつける太陽のホログラフはとうに夜仕様へと切り替えられたというのに、真暗な部屋の中はじんわりと身体の内側へと浸食してゆくような不快で生ぬるい空気を纏っていた。ミレーヌの白くか細い首筋にうっすらと汗が滲む。時折吹く風がひんやりとしていて心地よかった。ベッドに上がり両脚を伸ばして座る。灰蒼い月がミレーヌの四肢をやんわりと照らして、彼女の少し不機嫌そうな、拗ねているようなかんばせをも映し出す。
「なにやってんのよ、バサラ。」
ばぁか、と小さく呟いて、傍らに置かれていた白い枕を掴み壁に叩きつけた。
約束、忘れちゃったのかしら。
全く、相変わらず無責任で自分勝手な男。
最近は拗ねたり怒ったり泣いたりしなかったじゃない。
いつどこに旅立って行ったってそれを引きとめたり咎めたりしなかった。
戻って来て欲しい、って口に出さなかったよ。(本当は言いたかったけど。)
だからお願い。今夜だけはって、この日だけはって言ったのに。
ばぁか。バサラの馬鹿。さいあく、もう知らないんだから。
ぽつぽつと漏らされる渦中の彼への文句は、当人に届くことなく閑散とした部屋に微かに木霊しては消えてゆく。時間だけがミレーヌの意志を無視して無情にも過ぎ去っていった。ミレーヌは起こしていた上体をどさ、とベッドへと埋めて、無機質な天井を見つめる。目を閉じてしまうと、無意識に彼の姿が瞼の裏に映ってしまうから、そうしたらもっと寂しくなるし、会いたくなるから。ミレーヌは大きな翡翠の瞳を思い切り開いて、きり、と天井を睨みつけたままゆっくりと唇を開く。零れてくるのは先程までの彼の遅延への恨みごとではなくて、たゆたうように闇夜に溶けてゆく甘く切ないラブソングだ。逢いたい、会えない、傍にいて。抱きしめて、キスをして、歌を、歌を歌って。
ねえ、バサラ。
「ソレ、新曲か。」
「・・・バサラ。」
ずっと目を凝らして何かを堪えるように天井を見つめていたから、彼が扉を開ける音にも気がつかなかったようだった。梯子を登る彼の足音に気づいていたけれどわざと無視をして歌い続けた。バサラがミレーヌの寝ころぶベッドの前に立ち、そう問いかけるまで、ミレーヌは次第に高まってゆく心臓の鼓動に逆らうように歌うことを止めなかった。
「よぉ。」
「遅いわよ、ばぁか。」
「ちゃんと戻ってきただろ。」
「もおいいわよ。こうなるって予想はできてたもの。」
ミレーヌは諦めたようにため息をついた。バサラが約束の期日をきちんと守ったことがあっただろうか。待ち合わせの時間に現れたことが今までにあっただろうか。そんなことをもう今更責める気にもならなかった。
ミレーヌは上体をゆっくりと起こし、バサラと向きあう。といっても目線は合わさないままだ。約束の時間を大幅に遅れてやって来た彼に対して、会えて嬉しいという感情を素直に出すことができない。ミレーヌは目を伏せて黙りこみ、時々様子を窺うようにちらりとバサラの姿を垣間見る。3か月ぶりに会う彼は、ミレーヌの知らない彼になっているような気がした。バサラが旅に出るたびそう感じていた。彼は知らない地を踏み、そこで歌うごとに変わっていった。身体に纏う空気が変質していった。もっと大きく、雄々しくて、今の彼ならば本当に山をも動かせるのではないか、とミレーヌが錯覚するくらいに。バサラのそんな「成長」をミレーヌは時折怖いと感じていた。狭い世界から未だ出ることの出来ない自分はいつか彼に見放されてしまうのではないか、と。しかしバサラは、彼女がかつてそんな気持ちを思わず吐露してしまったとき、心底不思議そうな顔をして、だからこうして戻って来てるだろうが、とミレーヌに言った。彼はどれほど遠く離れた惑星へと飛び去っていったとしても、必ずミレーヌの元へと戻ってくるのだ。それは帰る土地を覚えている渡り鳥のようだ。その地でないと、彼女の元でないと、疲れた翼を癒すことはできないとでもいうように。
つんと薄紅色に色づいた愛らしい唇を突き出し、頬を僅かに膨らませてバサラの目を見ようともしないミレーヌに、バサラは苦笑する。その笑い声に気づいてさらに機嫌を降下させるミレーヌを、バサラはそれを面白がるようににやりと笑ったあと、とん、と彼女の肩を小突いて上体をベッドに押し倒した。え、と吃驚して声を上げるミレーヌの反応をも楽しむかのように、バサラは彼女の身体の上へ覆いかぶさり、その白い首筋に顔を埋めた。暑い、重い、と恨めしそうに呟くミレーヌの言葉は彼には届かず、バサラは無言でそのしっとりと汗ばんだ首筋に口づけ、ミレーヌの身体を抱きしめた。ミレーヌは悔しそうにバサラを見つめて、彼の太い頸に腕を回す。彼はわかっていた。バサラはミレーヌのご機嫌をとる方法を会得していたのだ。つよく抱きしめて、キスをして。悔しいけれど素直にそれを嬉しいと感じてしまう。ミレーヌは、もっと、とねだるように回した腕を更にきつく絡めて、腰を微かに浮かせて身体を近づける。彼の金色の瞳がまっすぐ焼き付けるように見つめて、眩しくて、目を逸らしそうになってしまう。ミレーヌは耐え切れなくなり、彼の唇をふさいで瞳を閉じてしまった。バサラもそれに応えるようにゆっくりと瞳を閉じたのをうっすらと目を開けて確認する。彼の熱を、匂いを感じて愛おしさが募る。何故だか涙が溢れて止まらなかった。バサラが困惑したようにその理由を問うたが、ミレーヌは答えることができなかった。
このまま溶けて、混じり合って、彼と一つになりたかった。
彼の太陽の瞳にじりじりと照らされて溶解して、彼に触れられてぐちゃぐちゃに混ざりあって浸食して、彼の身体の一部になりたかった。溶けちゃいそう、と呟くミレーヌに、バサラは微笑んで、溶けやしねえよ、と耳元で囁く。それでもうわごとのように何度もそう繰り返す彼女に、終いには、溶けちまえ、と彼は言って噛みつくように深いキスをした。
目を開けると、辺りはもううっすらと明るくなっていた。ミレーヌは隣で寝息を立てるバサラを見つめる。普段まじまじと寝顔を見たことがなかったから、ミレーヌは興味津津にその顔を覗き込む。昨夜は長旅で疲れていたようで、バサラはそう簡単には目を醒ましそうにはなかった。彼の頬にそっと触れ、輪郭をなぞる。すると彼がくすぐったそうに身じろいだので慌ててその腕をひっこめた。
ミレーヌはバサラの耳元にそっと唇を近づけてずっと伝えたかった言葉を口にする。昨夜はそんな余裕なんて全くなくて、すっかり忘れてしまっていたけれど。ずっと一緒にいたいというささやかな祈りと、こうして己の元へ帰ってきてくれることへの幸福と、そしてこの世に彼という存在があることへの感謝の気持ちをすべてこの一言に込めて。年に一度だけ、たった一度だけ伝えるそのことばに精いっぱいのたくさんの想いをこめて。
「ハッピーバースディ、バサラ。」
ミレーヌはバサラの頬にふわりと掠めるようなキスを一つ落として、彼の腕の中で再び眠りについた。
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あとがき
やっちまった\(^o^)/すいませんでしたすいませんでした
反省はしていますが後悔はしていませんwww
というかすごく久々のお題更新でしたっ