くしゃみ

晩秋の風はどこか肌寒く、からりとした空気を微かに孕んで、もうすぐ訪れるであろう冬の気配を知らせる。ミレーヌはベージュ色の薄手のカーディガンを肩に掛けるように羽織っていたが、ひんやりとした風にふるりと身震いすると、今年新調したのであろう真新しいそれに袖を通した。そろそろ屋上で昼食を摂るには聊か不向きな季節になって来たようだ。音楽準備室の奥に追いやられている古びたストーブは今年もきちんと稼働してくれるのだろうか。旧校舎がかつて学び舎として利用されていた時には既に使用されていたらしいそれは、今では殆ど見かけることもなくなったアンティークなデザインの石油ストーブで、毎年レイが丁寧に手入れをして使っているらしい。ミレーヌも去年の冬からそのストーブの世話になっているのだが、不器用にごうごうと音を立て、木造の寂れた練習場を温かい熱と光で優しく包む、そのストーブがお気に入りだった。新校舎の最新鋭の空調器具には到底醸し出すことができないであろう、じんわりと身体に沁み入るような熱が心地よかったのだ。
ミレーヌが、くちゅん、と小さくくしゃみをすると、レイが心配そうに彼女の顔を覗き込み、大丈夫か、と訊ねる。ミレーヌはくしゃみをしたときに擦った所為で赤くなった鼻を手で押さえながら、平気よ、と笑った。するとミレーヌはふと視線を感じ、振り返ってその眼差しの主に目を向ける。視線の先には、この季節にはそぐわないであろう半そでのYシャツ1枚で屋上の手すりに肘をかける熱気バサラの姿があった。合服期間に入り、男子も女子も冬服を着用するように義務付けられているのだが、ただ彼にはそれが窮屈で気に入らないらしく、バサラの足元には無造作に漆黒の詰襟服が放られていた。バサラはそれをひょい、と掬い上げてミレーヌに向けて投げつける。思わず両腕で受け止めてしまったそれと、持ち主である彼とを交互に見つめていると、バサラは不機嫌そうな表情を浮かべて、いらねえなら返せよ、と拗ねたように言った。ミレーヌの頬がほのかに朱を差して、校庭の周囲に植えられているたわわな紅葉の葉のように鮮やかに染まる。ひんやりと痛いくらいに冷えていた指先にじんわりと熱が通る。彼の上着をぎゅう、と握りしめていたことに気付き、ミレーヌはおずおずとそれを肩に羽織った。柔らかな温かさが身体を優しく包みこむ。彼の上着が吹き付ける風が身体に当たるのを遮断しているお陰で、寒さを感じることはなかった。


それどころか。
火照るかんばせを冷まして欲しかった。
このままでは気づかれてしまいそうだ。



心臓に宿る炎はごうごうと燃える。冬を待つ古びたストーブのように温かく。