熱帯夜
「え、あ、ちょ、ちょっと待って、バサラ!」
心臓とはこうも激しく稼働する器官だったろうか。
今にも己の身体から飛び出して、何処かへと走り去ってしまいそうだ。
加速して空回りしてもなお動き続けるそれは、もうミレーヌの許容限界などとうに超えてしまっていて、
ミレーヌは朦朧とした意識の中でただ彼の所作を見つめることしかできない。
ひんやりとした身体の端々に炎を灯して。
彼の熱が素肌を通して熱い位に伝わってくる。
絡めた手のひらの指先は、さっきまで氷のように冷たかったのに。
もう繋がっている箇所からじりじりと焦げ付くように、どろどろと溶けだすように、
ミレーヌを包みこんでそして一つになる。同じ温度を共有して混ざり合うように。
「待たない」
にやり、とからかうような表情でミレーヌを見つめる。
弧を描く唇からちらりと鋭利な犬歯が覗いて、薄暗い部屋の中でもその白はやんわりと光る。
野生の獣のような鋭い眼光で見つめられると、どくん、と限界に達して苦しそうに跳ねる心臓は更に大きく鼓動して、
その瞬間、息が詰まるような圧迫感を感じた。
身体がふわりと宙をたゆたうように、そしてそれから視界がぼやけ、彼の姿が霞んで見える。怖い。
思わず両手を伸ばして彼にしがみつこうと上体を僅かに起こす。
彼の肩に指先が触れる。その皮膚の熱に、火傷してしまいそうだった。
呼吸さえ億劫になるような噎せ返るあつさだ。それは熱帯夜のように。