「…暑い。」
ミレーヌはうだるような暑さに眉をひそめた。
「なんでアクショはこんなにアツいのよ〜ッ」
人工的に天候や気温が管理されているマクロス船内では過度の暑さや寒さを感じることはない。たまに降る雨も、ちらつく雪もすべて気象システムで管理されている。だが、今現在マクロス7船団は太陽惑星付近を通過していた。外界からの熱気にアクショの気温は急激に上昇する。公的に認められていない地区であるからここには温度調節機能は備わっていないのだ。
ミレーヌはいつもの定位置にちょこんと乗っているグババを見やる。毛足の長いグババはアクショの暑さにすっかり弱っていた。グババはミレーヌが幼少のころに父であるマクシミリアン・ジーナスにもらった銀河毛長ネズミである。弱っていたそれをマクシミリアン・ジーナスが任務中に拾い、ミレーヌに与えたのだ。今では心も通じ合う親友のような存在である。
「グババ…暑そう、毛、刈ってあげようか?」
グババが悲鳴のような鳴き声をあげて体を激しく振る。毛を刈ることは厭なようだ。
「もう着いたから大丈夫よ。きっと冷蔵庫に冷たいレモネードがあるわよ。」
ミレーヌが励ますようにグババに話かけるとグババは弱弱しくも少しうれしそうに体を揺すった。
ミレーヌは暑さで息が少し上がりながらもベースギターを肩に担ぎ、目的地の一見廃墟のような建物の中に入る。人が住む処とは到底思えないような場所だが、ミレーヌの所属するロックバンドFIRE BOMBERのメンバー達の住処である。今日はFIRE BOMBERの次のライブの打ち合わせだった。部屋に入るとリーダーのレイ・ラブロック、ドラムス担当のビヒーダ・フィーズ、敏腕プロデューサーの北条アキコが既に待っていた。
「ごめんなさい!! 遅れちゃって。あれ?バサラは?」
ミレーヌは部屋の中を見回す。
「バサラは寝てるよ。徹夜で曲を書いてたらしい」
レイがやれやれ、といった表情で言った。
「もう!バサラったら。今日はライブの打ち合わせだって言ったじゃない!そもそも打ち合わせしたってバサラは全然話を聞かないし本番でだってリスト通りに歌ってくれないわ!それに…」
「まあまあミレーヌ、あいつの性格はわかってるだろう」
レイが優しくミレーヌをなだめる。
「どうせ『おれは歌いたいときに歌いたい歌を歌うんだ〜』とかいうんでしょ?まったくバサラったら我儘!協調性ゼロ!無神経!レイ、あたしバサラを起こしてくる!!」
止めることなくレイはミレーヌを見送った。こんな状況は日常茶飯事なのである。
ビヒーダが打ち続けるドラムの音が変わらず響いている。レイはアキコは打ち合わせを始めることにした。結局打ち合わせといっても話し合うのは彼ら二人だけなのだ。
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ノックをしても返事がない。
「バサラぁ〜ねえバサラってば!起きなさいよ〜!!」
呼びかけても返事はなかった。ミレーヌはそっと部屋のドアを開けた。梯子の上の部屋にいるであろう部屋主はやはり寝ているのだろうか。ミレーヌはなるべく音をたてずに梯子を登る。
「もう、あれだけ呼んだのにまだ寝てる!」
はああ、と溜息をつきながら寝ている彼を見つめた。徹夜で曲を仕上げたらしい彼は譜面の散らばるベットで深く眠りこんでいた。
「こんなにあついのによく眠れるわね…いいこと思いついた!グババッ」
ミレーヌは肩に乗っている相棒に話かけ、悪戯な笑みを浮かべた。そしてそっとグババを眠っているバサラの首に巻きつける。
(グババも暑そう。ごめんねグババ)
ミレーヌはちろっと舌を出した。
しばらくするとバサラが寝苦しそうに体をゆらす。やはり首に巻きついたグババが暑いようだ。そして「・・・あちい」と一言口にし、ゆっくりとベッドから起き上った。バサラは己の首に巻きついているグババをそっとはずし、手のひらに乗せた。
「なんだグババか。どうりで急に寝苦しくなったと思ったぜ。なんだかお前も暑そうだな。大丈夫か?」
バサラはグババをやさしくなでた。
「やっと起きたのね。今日は大事なライブの打ち合わせだって言ったでしょ?たまには参加しなさいよ」
バサラは横で腕を組んで仁王立ちしているミレーヌに気づいた。
「…うるせーな…。こっちは徹夜で曲作ってんだ。さっき寝たとこなんだよ。お前だってその打ち合わせってやつに参加してねーじゃねえか」
「あんたを起こしにきたのよ!!ボーカルがいないと始まらないじゃないの!!呼んだって全然起きないし!ありがとねグババ、バサラを起こしてくれて」
「グババはお前の差し金か・・・とにかくおれは寝るから。そもそもライブに打ち合わせなんかいるかよ。客と俺のテンションで曲順は決まるんだ。」
「またそんなこといって!!困るのはバサラに合わせてるあたしたちなのよ!バサラのジコチュー!わがまま!さいて…」
日常茶飯事の喧嘩だ、水かけ論になることはバサラにもわかっていた。バサラははあ、っと溜息をつき、ぐいっとミレーヌの腕をつかんだ。
ミレーヌの視界が揺らぐ。足元がぐらついてそのままバサラのベッドに倒れこむ。一瞬何が起こったのかわからなかった。ミレーヌはバサラに怒鳴る。ミレーヌはバサラに強く横抱きにされていた。
「お前、寝不足だからイライラしてんじゃねえの?最近寝苦しいしな。今日は特に暑いし、お前のうるささ3割増しだな。」
「なんですってぇ!! 暑いわよッ!手ぇ離しなさいよ。寝ぼけてるのッ!?」
「お前も寝たら?どうせレイ達が全部やってくれるよ。この部屋、風が通って気持ちいいぜ。グババも来いよ」
バサラはにやりと笑いながらいった。
顔があつい。ミレーヌの顔は耳まで真っ赤である。
(暑さのせいよ。アクショがこんなにあついのにバサラが締め付けるせいでもっと暑い…大体、暑いのはアクショブロックだけよ。あたしのうちはすずしいもん…)
だがミレーヌは腕を解いてほしいとは言わなかった。
暑いのは、顔が熱いのはアクショの暑さの所為だけにしたかった。
すっかりおとなしくなったと思ったバサラは満足してまた眠りについた。
太陽惑星を通過中のアクショブロックは暑かった。
外気の暑さと得体の知れない顔の火照りの熱さでミレーヌは眠ることができなかった。
マクロス7が早く太陽惑星から離れることをミレーヌは祈っていた。
あとがき
アキコさんが登場してすぐくらいのお話という設定で
まだまだミレーヌは自分の気持ちに全く気付いてないです
ちなみにバサラが起きたのは日がすっかり落ちた夕方
打ち合わせを終えたレイが静かになった二人を心配して見にきたときに起きました。
バサラへの気持ちをまだ自覚していないミレーヌはそのうち本当に寝てしまって、
何事もなかったかのように起きて、打ち合わせが終わってしまったことに落胆し
またバサラと言い合いの喧嘩になります笑
2009/01/05