Lovesong


love song(1)








バサラとキスをするようになってどれくらい経っただろう
そもそもいつから?
きっかけは?
どうしてしたんだっけ?









今日の練習は新曲の音合わせとライブの打ち合わせだった。バサラの作った曲だったが、肝心の本人が行方をくらまし、徹夜で作った楽譜にはまだ歌詞が書かれていなかった。「バサラの頭には入っているそうだ」とレイは言った。ボーカル兼リードギターが不在となっては歌の雰囲気を掴むことも難しく、ミレーヌは譜面読みに従事していたのだった。

自宅にもどるとミレーヌはベットになだれ込んだ。瞼が重く、気を緩めると意識が飛びそうだった。

(今日はなんだか退屈すぎて疲れちゃった話し合いと音取りだけだったもん。新曲、どんな歌なんだろう?バサラにしてはメロウな曲だったような…ってゆうか結局バサラはどこに行ってたのよ!!)

ぶつぶつと独り言を言いながら疲れた身体をけだるげに起こし、浴室に向かう。バスタブに湯を張って着ていたワンピースを脱ぐ。ふと鏡に映った自分の顔に視線を向けた。浴室の鏡はバスタブに張った湯の煙で曇ってよくみえなかった。ミレーヌのほどよく色づいたピンクの唇だけが曇りガラスによく映える。
すると靴下を片方ぬぎかけたミレーヌの動作が寸刻静止し思案する仕草を見せた。



バサラとキスをするようになってどれくらい経っただろう?
そもそもいつから?
きっかけは?
どうしてしたんだっけ?



バサラとミレーヌの関係は一般に言う「恋人同士」ではない。ミレーヌはバサラにほのかに思いを寄せているが口にしたことはなかった。もちろんバサラだってそのようなことは口にしないし、そもそも彼のミレーヌに対する気持ちすらわからなかった。

「歌とギターが恋人だなんて言い出すにきまってるわ」

バサラは恋だの愛だのより、自分の歌を全宇宙に響かせることに夢中なのだ。

(そんなこと…わかってるけどさ)

でもバサラはミレーヌにキスをするのだ。

甘い言葉や抱擁もなく、ただキスをして、
「やっと静かになったな」
と言いながらにやりと笑う。

(そうなのよ、あいつはあたしを黙らせるために、するのよ。喧嘩して、言い合いになって止まらなくなったときに…。バサラはあたしの肩を掴んで強引に口づける…)

ミレーヌはつい1週間前にもあったそれを思い出し思わず頬を染める。
それは1度や二度ではないのだ。もうそれの発端やきっかけなど忘れてしまった。最初はただただびっくりしたことだけ覚えているけれども。

(だんだん思い出してきたわ、バサラったら初めてキスしたあと『お前、こうすると静かになるんだな』なんて言ってたっけ。う〜ん・・・たしかに口を手で塞がれただけじゃあたしおさまらないかも)

バサラが自分のことを子供扱いしていることはわかっている。自分に恋愛感情を抱いていないということも。なのでミレーヌは冷静にバサラのキスの理由について考えることができた。やはり自分の怒りを抑えるためだろうか、それとも反応を見て面白がっているのだろうか。

(でもでもなんでキス…?あぁもぉなんか腹立ってきた)

一人でぶつぶつと文句を言っていると、グババが困った様子ですり寄ってきた。
「ごめんねグババ、お湯、冷めちゃうよね。一緒に入ろう」

(バサラの考えてることなんか誰も分からないわッ)

ミレーヌは考えることを放棄してバスルームのドアを開けた。

『バサラは理屈じゃない』

以前に無口なドラムスの言った言葉が頭をよぎったからだ。



次の日もミレーヌはアクショへと車を走らせた。明日に控えたいつもより少し大きな会場で行うライブの為の練習だ。昨日譜読みをしてそのままになっている新曲も練習しなくてはいけなかった。

「バサラ、今日もどっか行ってたら承知しないんだから!」

ミレーヌは常よりやや乱暴にハンドルを切った







練習場に入ると、そこにはバサラしかいなかった

「おう」
バサラが声を掛ける。

「…おはよう。バサラ、めずらしく早起きじゃないの。」
「まあな」
「みんなは?」
「レイとビヒーダは買出しに行ったよ。ほら、さっさと準備しろよ。先に始めるぞ。」

いつもは自分が他のメンバーを待たせるくせに…と口から文句が出そうになったがミレーヌはぐっとこらえた。昨日思案していたことを思い出したからだ。

(だめよミレーヌ!抑えないと。喧嘩になったらまた…)

「なにボーっとしてるんだよ?いつもはうるせえくらい練習練習ってどなり散らしてるくせによ」

まったくガキは気まぐれで困るぜ

いつもの調子でバサラがいう。
なぜだか今日は「ガキ」という言葉がいつもより胸に突き刺さった。

「なによお!誰のせいだと思ってるの!?もうバサラの無神経!無神経!無神経!!」

やはり我慢できずにミレーヌは怒鳴る。

「はぁ?誰のせいだよ?」

訳が分からない、といった様子でバサラが言い返す。

「だからあんたのせいだっていってるでしょぉ!!だいたいバサラがちゃんと練習に参加しないから!昨日はどこに行ってたのよ!?新曲の練習があったのにッ!ボーカルがいなくちゃ始まらないじゃないの!!」

次から次へと口から出てくる文句は止まらない。
抑えようと思っているのに、バサラを怒らせたいわけではないのに。

ミレーヌの息が上がる、呼吸を整えようと一旦黙り込む。
恐る恐るバサラの顔をみると、いつもの呆れたような顔つきで溜息をついていた。

「だからッつまりあたしがいいたいのは―――「うるせえなぁ」

バサラはミレーヌの腕をぐいっと掴むと己の胸のあたりまで引き寄せた。あ、とミレーヌが声を出すのと同時にミレーヌの唇にくちづける。刹那の出来事だったのに、ミレーヌには時間が止まっているように感じた。

すっとバサラの唇が離れる。


「いいたいのは、なんだよ?」

バサラはまたいつものように余裕綽綽の笑みでミレーヌを見やる。

「…なんで、キス、するのよ…」

言いたいことはそれではなかった気がするが、気が動転して忘れてしまっていた。

「あたしを黙らせるならもっとほかの方法だってあるじゃない…あたしの反応見て楽しんでるんでしょ、バサラの馬鹿、鈍感、さいあく…」

(あたしとのキスは恋愛のキスじゃない。レックスとのキスはもっと…)

キスならレックスとしてればいいじゃない…

ぼそっと消え入るような声でミレーヌがつぶやくと、バサラはまたも盛大に溜息をついた。そして頭を掻く仕草をしながら、

「だからガキだっていってんだよ。わっかんねえの?」

「ガキじゃないもん…でもバサラの言ってることなんてわかんない!」

ミレーヌはまた黙りこんでしまう。

「まぁ、別にいいけど。」

よくないわよ!!と食い下がる気力も湧かない。もう…なんなのよ、またこのまま流されちゃうのかな…とあきらめていたミレーヌだったが、

「ミレーヌ、俺の歌、聴いてろよ」

バサラがいきなりギターを手に演奏を始めた。聞きなれないイントロのメロディ、

(これ・・・新曲だわ)

バサラにしては珍しい、爽やかな曲調のラブソングだった


空から空へ向かって
夢から夢へ向かって
絶対君を離さない
簡単な言葉さ

それが LOVE SONG

ミレーヌは黙って聴いていた。
さっきまで沈んでいた気持ちがすこし軽くなり、浮上してくる
バサラの言っていることはよくわからない
何を考えているのかも
だがそれでもいいとおもってしまった
歌を通じてなんとなく伝わるものがあったからだ

「新曲、いいじゃない」

「まあな。ほら、お前も歌えよ」

バサラに声を掛けられて、ミレーヌはうれしくなった。

二人で歌っていると外からレイのバンの止まる音が聞こえた

「あ、レイたちが帰ってきたわッ」

ミレーヌがドアを開けて迎えに行こうと身を翻すとバサラの手がすっと伸びてきてミレーヌの腕をやさしく掴んだ。

「…なによ?」

「…いや」

そういうとバサラはミレーヌの頭をくしゃっと撫で、前髪を少しかき上げるとミレーヌの額に軽く唇をつけた。

「い、今のは、なに?あ、あたし、うるさくなんか、してなかったじゃない!」

顔を真っ赤にしてミレーヌは弱弱しく叫ぶ。視点が定まらない。混乱していた。

するとバサラはふっと笑ってミレーヌから顔を背けたあと

「さあな」

といつもの口調で言って部屋を出て行った



やっぱり、バサラは理屈じゃない!

ミレーヌはバサラの唇が触れた額をそろそろとさすりながらさらに謎の深まったバサラの行動に頭を悩ませていた。