朝起きて、念入りに髪をセットした。
ママから送られてきたよそ行きのワンピースに袖を通し、
いつもはつけない薄いピンクのルージュを唇に淡く乗せた。
「おはよう、みんな!」
ミレーヌの元気な声がアクショの廃墟に響く。
「ミレーヌ、おはよう。お、今日はいつもと格好が違うな。
どこかへ行くのか。」
機材のセッティングをしていたレイがふと顔をあげ、訊ねた。
ビヒーダは黙々とドラムを叩いている。
バサラはギターのチューニングに集中し、顔すらあげない。
「ああ、これ?今日練習の後、ガムリンさんとデートなの。高級な日本料理のレストランにつれていってくれるんだって!だから張り切っておめかししちゃった」
ミレーヌは機嫌よく答える。
ガムリン、という名前に一瞬バサラが反応し、肩を揺らした、ような気がした。
「そんな恰好でロックが歌えるかよ・・・ったく。やる気あんの?お前」
バサラはやっと顔を上げ、呆れたような口調で言った。
「うるさいわね!できるわよ。要はハートの問題でしょ、ハートの!バサラだっていつも時と場所を選ばず歌ってるじゃないの」
ミレーヌが言い返す。
バサラは、そうかよ。と言ったきりそれ以上なにも言わなかった。
「ってわけであたし3時になったら途中で抜けるね、ごめんねみんな」
「気にするな。じゃあそろそろ始めようか。明日はライブがあるからな。」
レイが威勢よく呼びかけ、練習が開始された。
時計の針が、もうそろそろ3時を指すころ、ミレーヌはちらっと時計を見る仕草をした。
レイ、それじゃああたし…と声を掛けようとしたとき、横からバサラの声が割り入る。
「おまえさあ、今の曲のラスト、早すぎるんだよ。俺に合わせろよ。」
ミレーヌは思わずカチンと来て言い返す。
「なぁに言ってんのよ!バサラが遅いだけでしょ!あたしは楽譜通り弾いてるわよ!」
「だから感情の溜めってもんがあんの。楽譜どおりじゃだめなんだよ。」
「明日ライブなのになんでそんなこと言い出すのよ!バサラが楽譜通り歌えばいいだけでしょ。もぉ、…で、どこなのよ。そこだけもう一度やりましょうよ」
ミレーヌは不服だったが、ライブで失敗するよりいいと思い、バサラに合わせることにした。
「ミレーヌ、約束はいいのか。」
レイが訊ねた。
「だって、本番で合わないよりいいでしょ。ガムリンさんならすこし遅れたって許してくれるわ。誰かさんは早いだのなんだのって、すぅ〜ぐに怒りだすけどねッ」
ミレーヌはちらっとバサラの方を見て言った。
結局、最後の音合わせが終わるまで、小一時間ほどかかった。バサラが事あるごとにミレーヌの演奏や歌に口を出し、なかなか進まなかったのだ。時刻はもうそろそろ4時を回るころだった。
「いけない!じゃああたしそろそろ行くわね。明日はいつもより少し早い集合よね?バサラ、寝坊しないでよ!じゃあね〜」
ミレーヌは急いで帰る支度をして、勢いよくドアを開け出て行った。
ミレーヌが出て行った練習場は、少し静かだった。
ビヒーダがまたドラムを叩き始める。
「バサラ、ミレーヌにデートに行って欲しくないなら、そう言えばいいんじゃないのか」
レイが慰めるように、諭すようにバサラに声を掛けた。
「…そんなんじゃねえよ」
バサラはレイの方を見ずにそう言うと、部屋を出ていこうとした。
「どこへ行くんだ。」
「小休憩だよ。外の空気を吸いにいくだけ。」
バサラもいなくなってしまった練習場には、ビヒーダのドラムの音だけが響いていた。
「まったく…素直じゃないよな」
レイはそう言うとビヒーダに合わせて曲を弾き始めた。
どうせバサラは自室でふて寝しているだろう。
自分たちのできることはせいぜいイントロの練習くらいか。
レイはふ、と笑うとそのまま演奏を続けた。
あとがき
まだまだ恋愛未満の二人です
バサラも無意識にやってることだと思うんです。
2009/01/07