Lovesong again!



いつも余裕たっぷりなアイツを
少しでも困らせてやりたいの
いつもあたしばっかりドキドキしてたら
割に合わないじゃないッ!!







ライブのあとの疲れた身体には甘い物がいいわね
みんなで食事に行きましょうよ

アキコはミレーヌに声をかけた。
今日のライブはアキコが手がけたものの中では比較的大規模なものだったので その成功を祝おうと考えたのだ。 生憎レイはライブのあと用事があるらしく、足早にどこかへ行ってしまった。 おそらく軍の関係者との話し合いだろう。 ビヒーダは相変わらず、皆より早く集合場所につき、 そしてライブが終わると誰よりも早く帰宅してしまう。 バサラはライブが終って静けさの戻ったステージで一人で歌っている。

ミレーヌは隣に立っているアキコにこそっと話しかけた。

「アキコさん、今日のお食事なんですけど、二人で行きませんかッ? ちょっと…その、相談があるんです。大人のハナシなの。」

アキコは何かを悟ったらしい。年ごろの女の子が持ちかける相談、 大人の話、などと切り出すときは十中八九恋愛の話だろう。 しかも会場にまだ残っているバサラを誘いたくないようだ。

「…そうね。今日は女同士の大人の話をしましょう。バサラは抜きで…ね。」

アキコはミレーヌにそういうと、意味深なウインクをした。



着々と片づけられていくステージの上で、バサラはまだギターを片手に歌っていた。

「バサラ〜!!まだ歌ってるのッ?!あたしたち、これから食事に行くの! バサラ抜きでね!じゃあね〜」

どうせ彼の耳には届いていないだろう。
ライブのあとに独りで歌いだすときは大体なにか考え事をしている。
ミレーヌとアキコはバサラを置いて車に乗り込んだ。






アキコが案内したレストランは、夜景のきれいな高層ビルの中にあった。 窓側の席から見えるシティ7のイルミネーションは宝石箱のようにきらきらしていた。
本物の星空みたい、といってもあたしたちはスクリーンに映った星空しか見たことないんだけどね とアキコが笑った。

「ここのデザート、すごくおいしいのよ。きっとミレーヌも気に入るわ。」

「ここ、知ってます!銀スポの特集記事に載ってたわ!有名なデートスポットだって!」

14歳のミレーヌには少し背伸びした場所だったが、ミレーヌはそのきれいな夜景に見入っていた。

「いいなぁ…いつかあたしも誰かとこんなところで食事がしたいな…」

ミレーヌはため息まじりにそう言うと、アキコは笑いながら言った。

「ミレーヌだって、大人になればもっと素敵な女性になるわ。世の中の男が ほうっておかないくらいにね。さあ、頼むものは決まった?」

アキコはボーイを呼ぶと、デザートを頼んだ。 ミレーヌはいちごのたくさんのったミルフィーユ、アキコはティラミスを選んだ。


「それでね、アキコさん、相談っていうのは…」

ミレーヌが話を切り出した。

「例えばなんだけど…ううん、あたしの知り合いの話で… ちょっと気になる人がいるの。でもその人は何を考えてるかわからなくて、 それに恋愛になんてまったく興味がないみたい。」

アキコは、バサラのことを話しているのだ、と直感したが、なにも言わなかった。 詮索するのではなく、相手が話すのを待つのがアキコの信条だった。

「その二人は恋人同士じゃないの。お互い相手の気持ちはわからないし、 そもそも恋なんて始まってないのかも。でもね…」

ミレーヌが言葉に詰まる。アキコはまだ黙って聴いている。

「バサラ…じゃなくて、そのひとはそのこにキス…するのよ! 理由はわからないわ、理由、なんてないのかもしれない。 恋愛感情なんてないのにキスをするの!ひどいと思わない!? あたしばっかりがドキドキして、心臓が壊れそうで、そんなの不公平だわ!」

途中から「知り合いの話〜」という設定が消え去り、ミレーヌはバサラへの不満をぶちまけていた。 つい声が大きくなり、ミレーヌははっと口を抑える。アキコはミレーヌの話に少し驚いて目を丸くしたが、 くす、と色っぽい笑みを浮かべた。


歌が人生のすべて、銀河に歌声を響かせることに没頭していたあの青年が
歌のほかにも大切なものを見つけたのだろうか。
馬鹿がつくほど歌一本の彼の気持ちを
まだまだ恋に目覚めたばかりの少女が知るのは難しいだろう。
だが、確実に二人は互いに向き合おうとしていた。
そのことに気付くのは、お互いまだ先の話であろう、だがその日はきっと来る。
それまで彼女に恋の助言をするのはやめておこう
初恋は、自分で気づくことが大切なのだ。
ミレーヌには、芽生えたばかりの淡い、ミルフィーユにのっている甘酸っぱい苺のような、
かわいい恋を大事にしてほしい。


「ねえミレーヌ、自分ばっかりドキドキして不公平だと思うのなら バサラをびっくりさせてあげましょうよ。」

「…え?どうすればいいの?アキコさん。」

食事が終ると、アキコとミレーヌは外に出た。
アキコは、誰も聞いていないのにもかかわらず、ミレーヌにそっと耳打ちした。
なんだか秘密、ってかんじがしていいでしょ?
アキコは幾度の恋愛を経験した大人の女性らしく、魅力的な笑みを浮かべた。 ミレーヌは初め驚きを見せ、視線を左右に泳がせて戸惑っていたが、

「あたし、やってみる!今日はありがとうございました。御馳走様!おいしかった!」

と元気よく挨拶すると、走り去っていった。

「ミレーヌ、がんばってね。あなたには私のようになってほしくないのよ。」

アキコはミレーヌの去ったあと、励ますように、でも少しだけさみしそうにつぶやいた。






ミレーヌもバサラに仕返してみたらどう?
あのバサラだってきっと驚くわよ


先刻ミレーヌがアキコに耳打ちされた言葉だ。
愛車を運転して帰路を急ぐ間も、
帰宅して過保護な母親からの数十件もの留守番メッセージを聴いている間も、
入浴後、大好きなアリス・ホリディの曲を聴いている間も、
ミレーヌの頭にはアキコに言われた言葉が渦巻いていた。

本当にそうすればバサラの気持ちがわかるのだろうか
わからなくても、少しでも反応を返してくれるのだろうか
なんにもなかったような顔で流されてしまうのではないか
少しでいい、彼の心の中を垣間見れるなら

ミレーヌは就寝する身支度が完了したころ、ようやく決心が固まった。

(このままじゃだめだわ。あたし、バサラの気持ち、知りたい―――)



今日は星空ホールでのライブだった。
狭いホールは観客で埋め尽くされていた。いまや人気バンドとなったFIRE BOMBERのライブの観客は彼らの演奏に酔いしれ、興奮していた。

「みんな!今日はノリすぎだぜ!!」

バサラの機嫌もすこぶる良好で、ライブは大成功に終わった。
ライブのあと、ステージの撤収が始まっても、バサラはそこに残っていた。バルキリーに積んであったアコースティックギターを持ち出して一人でライブの余韻に浸り、歌い続けている。

こういうときのバサラは、何か考え事をしているから―――

いつもなら彼を放って先に帰ってしまうミレーヌだったが、今日はバサラと一緒にステージに残った。
帰らないのか、と尋ねるレイに、余韻に浸りたいのよ、と答えた。
バサラみたいなことをいうんだな、とレイに笑われた。

黙ってバサラの隣に座る。
「夏」に設定されたシティ7の街も、今はすこし肌寒い。
スクリーンに映る星空がきれいだった。ミレーヌはバサラが歌い終わるのを待つ。
満足するまで歌ったのか、バサラはギターを鳴らす手を止め、ミレーヌを見た。

「なんだよ、まだいたのか。ガキはさっさと帰りな。またオバサンにうるさく言われたって知らないぜ。」
「今日はライブの余韻に浸りたい気分なの。誰かさんと一緒でね」

ミレーヌはバサラの口調に少しムッとなったが努めて平常心を保ちそう答えた。

「そうかよ。」

バサラはいつものようにふっと笑うと、何も言わず星空を見上げた。 会話はなかった。いつもなら苦しいと感じる沈黙も、今日は気持ちよかった。 沈黙を破ったのはミレーヌだった。

「ねえ、バサラ!あたしの歌を聴いてよ。」

ミレーヌが突然話を切り出した。 バサラは何も言わず、ただ少しほほ笑んだ。沈黙を肯定と捉えたミレーヌは、静かな夜のステージで、バサラの為だけに歌う。


君があの日くれた言葉のカギ
閉ざしたドアが消えてゆくの
ねえ気づいて
その声を思い出すの
わたしはただ涙で
小さく震えてこの手を
君にのばして



曲の途中で、ミレーヌは歌うことをやめた。突然歌が止んだことを不思議に思ったのか、バサラがミレーヌの方を見る。ミレーヌは何も言わずにバサラをじっと見つめた。 バサラが「なんだよ?」と言い出そうとしたとき、ミレーヌが動く。バサラをじっと見つめたまま、座ったままの状態から少し腰を浮かす。片手を地につけ身体を支え、もう片方の手をバサラの胸に添えた。ミレーヌの行動をまだ理解していないバサラはまだ?マークを浮かべたような顔をしている。

(これ以上バサラの顔を見れない!)

ミレーヌはぎゅっと目を閉じて、そのまま己の唇をバサラの唇に重ねた。

この思い、君に届け―――

唇をそろっと離し、恐る恐る目を開けてバサラを見る。
バサラはぽかんとした表情で、珍しく驚いているように見えた。
ミレーヌは今更になって自分のした行動に羞恥を覚え、赤面する。

「い、いつもバサラがし、してるじゃないの!仕返し…なんてあはは…お疲れ様!また明日っ」

ミレーヌはあわてて言い訳をした。

(うわぁあ!なんてことしちゃったんだろうあたし!明日からどう接すればいいのよ!?)

この場にいることがいたたまれなくなったミレーヌは急いでバサラの元を離れようとする。するとふいに二の腕を掴まれ、ぐいっと引き戻される。またバサラと正面をむきあうことになった。バサラの顔を見ることができない。


心臓が早鐘のようだった。
この場から逃げ出したいと思った。
ステージを照らしていたライトが徐々に消えてゆき、夜の闇は深く二人を包み込んだ。
赤く染まったミレーヌの顔は、彼には見えていないだろう、見ないでほしい、とミレーヌは思った。
バサラの顔もよく見えない。顔が暗いせいか、怒っているように見えた。


「あのね、バサラ!なんでもないの!ほら、あたしばっかりいつもびっくりして、悔しかったから、仕返し!バサラの驚いた顔が見たかったの!!」

ミレーヌは早口で言い訳のように先刻の言葉を繰り返した。
何か喋っていないと、心臓がもたなかった。
実際には沈黙は数秒だったのかもしれない。
だがミレーヌには永遠につづくことのように感じられた。

突如、黙っていたバサラがミレーヌの言葉を遮る。

「うるせえよ」
バサラの顔は笑っていた。バサラはゆっくりと腕を動かし、優しくミレーヌの顎に触れた。

「少し黙りな。」

にやりと笑ってそう言うとバサラはミレーヌに口づけた。
いつも少し乱暴な口づけが、今日は優しかった。

「やっと静かになったな。送ってくよ。グババが心配だからな。」

唇を離すと、バサラいつもの調子でそう言った。


ミレーヌは声を出すことができなかった。無言のままこくん、と首を傾ける。

バサラがミレーヌの手を掴んで歩きだす。
ミレーヌは視線を落として地面ばかりを見つめていた。
バサラはミレーヌの手を握ったままなにも言わなかった。
二人の間を暗闇と沈黙が長く支配したが、ミレーヌはもう怖くなかった。
二人を包み込む静けさがとても心地よかった。









あとがき…

精一杯のバサミレです。
これ以上バサラが甘甘になるのは無理なんじゃないかな
好きとかあいしてるとかそんなことばはないけど
歌でハートが伝わるように、二人の間には
言葉がなくてもつたわる気持ちがあってほしい。
結局ミレーヌはバサラの気持ち、知ることができたのかな。
伝わってればいいなって思います。

最後のセリフを
「こんなん、冗談ですると思ってんの?」
にしようかなっておもったんですけど…また次回のお話で


2009/01/09