「わぁっ!今日はすごくいい天気!ドライブ日和ね、グババ!」
ミレーヌは上機嫌で愛車のハンドルを切る。
シティ7の天気は快晴であった。ミレーヌの愛車は公道をしばらく走っていたが、次第に脇道へと逸れていく。人気のない暗がりな道を進んでいくと、現在は使われていない地下道の入り口が見えた。そこはアクショへの近道だった。船団登録のされていないアクショは、シティ7から動力を無断で借りて運行しているいわばお荷物的な存在である。治安の悪いスラム街であるから人はあまり寄りつかない。
(あたしが最初ママに黙ってアクショに行ってたことがバレたとき、大分怒られたっけ。)
ミレーヌはFIRE BOMBERに入りたてのころを思い出す。
(あたしだって最初はこんなとこ、近寄りたいとも思わなかったわ。でも…)
今では大事な仲間たちがいる。大好きな歌がそこにある。それがミレーヌのアクショに通う理由だ。
「もうすぐ着くわよ、グババ。」
ミレーヌはグババに話し掛け、ゆっくりスピードを落としていった。ミレーヌのA級ライセンスのドライビングテクニックで、狭い、入りくんだガレキの奥に車を止める。あとをつけてくるだろうマイケルたちの目を欺くためだ。
バサラたちの住処は、かなり年季の入ったマンションの廃墟だ。
コンクリートの壁は脆く崩れ、半壊している。はじめミレーヌはこのような処に人が住んでいるのか、と唖然としたが、もう慣れてしまった。もっといいところに住みたいと思わないの?とミレーヌが訊ねても、俺達はここが気に入ってるんだよ、といってきかなかった。今ではミレーヌにもその気持ちがわかるような気がした。
床の脆くなっているところを避けるように歩き、階段を登る。バサラの部屋は3階だ。といっても建物の中は崩れ、吹き抜けのようになっているのではっきりとした階層があるわけではない。正確には、「2階のドアから入り、梯子を使って上った部屋」がバサラの自室である。
コンコン、と2回ノックする。返事はない。
「まだ寝てるのね!こんなにいい天気なのに!!」
ミレーヌは呆れたように言う。ミレーヌは勢いよくドアを開け、ギシギシと音をたてる梯子を登った。その音に気づいたのかバサラが目を覚ます。
「なんだよ、こんな時間に。」
バサラは寝ぼけた調子で言った。
「なに言ってんのよ!もうお昼過ぎじゃないの!こんなに天気がいいのに…さっさと起きなさいよ!」
「俺はさっき寝たとこなの。お前こそ何ねぼけてんの?今日はオフだろ。」
「そんなの関係ないわよ!バンドの仲間なんだからいつ来たっていいじゃないの。どうせバサラはまだ寝てるんじゃないかと思って、おこしに来てあげたのよ。」
そりゃあどうも、と心にもない感謝の言葉を述べると、バサラはまたベッドに戻ってしまった。ちょっと!とバサラを引き留めようとするが、バサラはまた眠る体制に入ってしまう。成す術もなくミレーヌは立ち尽くしていたが、ぐ、拳を握り、覚悟をきめる。
(そうね…いつも怒ってばっかなのがだめなのかも。素直になれば、バサラだって…)
正直な気持ちを伝えればいいのだ。
今日、自分が何をしにきたのかを。
バサラに会いたかったから、一緒にいたかったからここまで来たのだと。
オフの日がさみしくて仕方ないのだと。
ガキみたいなこと言うな、と呆れられるのだろうか
それでもいい、このまま一人で帰るよりは
ミレーヌはバサラの眠るベッドに片膝を乗せる。年季の入ったベッドは、ギシっと音を立てる。二人分の重さに耐えられるのかしら、とミレーヌは危惧したが、安全を確認してもう片方の脚もベッドに乗せる。ミレーヌは寝息を立てるバサラの耳元までそっと顔を近づける。
「ねえ…バサラ」
ミレーヌが優しく話しかける。
「あたし、今日、バサラに会いに来たの。会いたかったのよ。今日はオフだけど、アクショにいたかったの。みんなと。だって…寂しいんだもん。」
そう言うとミレーヌは急いで顔をバサラから離した。いつもは言えない素直な感情を口にして、ミレーヌはすこし赤面した。恥ずかしくてバサラの顔が見れなかった。おそるおそるバサラの方に顔を向けると、反応がない。
(なんだ、やっぱり寝てて全然聞こえてないみたい。緊張して損した…)
ミレーヌがすこしがっかりして、ベッドから降りようとすると、ち、と舌打ちする音が聞こえた。え、とミレーヌがバサラの方を向こうとすると、それより早くバサラが起き上がり、ミレーヌを半ば無理やりにベッドに寝かせるように押さえつけた。バサラがミレーヌに覆いかぶさり、先ほどとは反対の体制となる。逆光が邪魔をして、バサラの顔がよく見えない、怒っているのだろうか。
「お前さぁ…言わなかったっけ?」
バサラが唐突に訊ねる。急に起き上がったバサラに驚き、ミレーヌは、え?と返す。
「世の中にはいろんな吸血鬼がいるから気をつけろって。」
バサラの突然の問に、答えが浮かばない。バンパイヤなんてここにはいないじゃない、とおそるおそる言い返す。
はぁあ、とバサラの盛大な溜息が聞こえた。
「男の部屋に勝手に入ったり、ベッドに上がりこんだりすんなってことだよ。」
なにされるかわかんねぇぞ、とバサラが小さくつぶやいたが、ミレーヌの耳には届かなかった。勝手に部屋に入ったことを怒ったのかと思ったミレーヌはとりあえず謝る。
「勝手に部屋に入ったことは謝るわよ・・・でも言ったでしょ、今日は…」
ミレーヌはいじけたように言うと、途中でミレーヌの言葉をバサラが遮る。
「仕方ねぇな。起きるよ。…たくこっちはお前の曲つくってて徹夜したってのによ。」
予想外の言葉に、えっ!?とミレーヌが驚く。バサラはがしがし、と乱暴に頭を掻き、ベッドから降りると、床に無造作に散らばっている楽譜を拾い集めた。
「ほら、これ持って先に練習場行ってろよ。読んどけ。」
バサラはミレーヌにできたばかりの楽譜を渡す。ミレーヌはそれをまじまじを見つめた
(相変わらず汚い字…解読に時間がかかりそうね)
相変わらず解読不可能な彼の譜面。だがミレーヌは嬉しかった。バサラに満面の笑みを見せる。
「うん!!待ってるから!早く来てよねっ」
ミレーヌは目を輝かせ、元気よく駆けていった。
ミレーヌのいなくなった自室で、バサラは再び大きなため息をつく。
「たく、だからガキは困るっていってんだ。」
そう言ったバサラの顔はどこか穏やかでやさしかった。
あとがき
10話の「ミンメイビデオ」をモチーフに書いてみました。
実際すごく好きです、あのセリフ「気をつけな!」
ってかっこいいよバサラ!!
2009/01/12