「お前に似てるなって思った。」
一言だけそういって、彼は肩に担いでいたソレを粗雑な仕草で彼女の頭上へと落下させる。
その声に気づいて彼女が頭上を仰いだときには既にソレは彼女に向けて急降下していて彼女は彼に対する言葉を発することができないまま落ちてくるソレを受け取るのに気を取られてしまった。
いつものように気まぐれに行方を眩ました彼を探しに四方を駆け巡った。
彼がよく居眠りをしている大樹を見上げるとそこにはやはり彼の姿があった。
ただいつもと少し異なるのは彼がそこで居眠りをしておらずいつものように彼を追ってここにたどり着くであろう彼女のほうをじっと見据えていたことと、逆光で遮られてよく見えないのだが彼が愛用のギターでも購買のホットドッグでもないものを片手に持っていることだけだ。
ここにいたのね何を持っているの、そう訊ねるまえに彼女の視界は彼が放り投げたソレに奪われてしまう。
何が落ちてきたのかはわからないけど落としてはいけないような気がして彼女は慌ててソレを受け取った。
大輪の花を咲かせる向日葵が1本、彼女の腕の中に収まった。
花は彼女の顔よりも大きくて、短く切られてしまった幹はおそらく彼女よりも背が高かったのだろう。もしかしたら彼よりも。
「どうしたの。これ。」
「もらった。」
「誰に。」
「さぁな。高等部の花壇に生えてた。世話してる奴が切って俺に寄越したんだよ。」
「なんでバサラになんて渡したのかしら。」
「すげぇな、っていったらソイツが妙に喜んだんだ。」
「ふぅん。で、なんでそれをあたしの上に落としたわけ。」
「お前に似てるなって思ったから。」
彼女は元々大きくて丸い目を更に大きく見開いて彼を見上げる。
似てるって、どこが、と訊ねると、彼もあまりよくわかっていないようで、さぁな、と短く答えた。
するすると樹の上から降りてくる彼を見つめながら彼女は考える。
手に持ったソレの花弁の色は眩しいばかりの黄色で、それは彼女のつややかに長い桜色の髪や透き通るように白い肌やきらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳とは似ても似つかない。
見た目の問題ではないのだろうか。じゃあどこが、どうして。
「なんとなくだよ。」
それが誤魔化しでもいいわけでもないのは彼を見ていればわかる。
本当に自分の行動の意味が分かっていないようだ。
しばらくそれを腕に抱いていた彼女は、突然、あ、と小さく声を漏らす。
「たいよう」
向日葵は太陽のことをずっと見つめているのよ。
どの方角のどんな場所に植えたって、花は太陽の方向を向くの。
きっと太陽に恋をしているのね。
あたしが向日葵だったとしたら、太陽は。
あたしが見つめている先にいつも太陽があるのならば、太陽は。
彼女の頬がほんのりと朱に染まる。
彼は知っていたのだろうか。向日葵と太陽の関係を。
彼は気付いていたのだろうか。誰が彼女の太陽であるかを。
そんなはずはないわ、と彼女は彼に聞こえないようにぽつりと漏らす。
小さい頃に母に聞かせてもらったそれを彼が知っているはずがない。
大体彼の柄でもないようなちいさなおとぎ話だ。
所詮彼の野生の勘というやつなのだろう。だからそう判断した理由だって自分ではわかっていないのだ。
そう自分の中で答えを導きだして、彼女はほっと一息つく。
ぐるぐると思考を巡らせているうちに彼はとっくに樹から降りてきていて、彼女の目の前に立っていた。
「そうね、なんだかあたしばっかりで悔しいから、バサラにもひとつヒントあげる。」
「ヒントってなんのことだよ。」
「ヒントはヒントよ。」
「だからなんの。」
「バサラって太陽みたい。」
「はぁ。なんだソレ。」
「暑苦しいってことよ。」
彼女はそうとだけ言い放つと、軽やかなステップで彼から離れてゆく。
その表情は腕に抱えた向日葵のように、向日葵よりも大輪の笑みだ。
あ、と彼が呆けたような声を出したことに彼女は彼から遠く離れ過ぎていて気付かない。
「やっぱ似てるよ。ソレ、お前に。」