epilogue









ミハエル・ブランとクラン・クランは幼馴染だ。

互いの両親が同じ志を持つ戦友であり、親交が深かった。軍人、という職業柄、任務で家を空けることが多かった両親の帰りをミハエルと、ミハエルの姉のジェシカ、そしてクランの3人は寂しさを分け合うようにして待っていた。

ミハエルは小さい頃から泣き虫だった。
ゼントラーディと人間とのハーフである彼の耳は普通の人間よりやや尖っていた。また見えすぎる彼の碧色の瞳も、彼のコンプレックスとなった。巨人族と人類との和平など、歴史の教科書に載るほどの昔のこととなりつつあるのに、心ない人々の視線や、何気ない言葉に、ミハエルは傷つき、いつも泣いていた。

「ミシェル!男がそのようなことで泣くではないぞ! いつまでも私やジェシカに守ってもらえると思うな!」

クランは足元でうずくまって泣いている小さな塊を叱咤する。

「だって…みんなが僕のことをへんなふうにみるんだ。 耳が…目が、みんなとちがうんだって。」

「なにをいっておる!人がそれぞれちがっているのは当たり前だろう?お前の体にはほこりたかきせんしの血が半分も入っているんだ。自信をもて、ミシェル!」

ミシェルの涙は次第に収まり、クランの言葉にすこし笑顔を見せる。

「クランは強いね。ぼくも大きくなったらクランみたいになりたい。そして今度は僕がクランを守るよ。」

泣いてばかりのミシェルの、珍しく前向きな言葉に、クランは少し驚いた。その言葉が己に向けられたものであったので、少し恥ずかしく思った。

「せいぜい頑張って私より大きくなるんだな。弱虫ミシェルッ」

照れ隠しについミシェルをからかってしまったが、クランは嬉しかった。泣き虫だけど優しい、小さなミシェルを私が守ろう、と幼いながらに誓った。


ミハエルとジェシカの両親が、テロで命を落とした後、二人はクランの両親に育てられた。ジェシカは両親の意思を継いで軍に忠誠を誓う者となった。唯一の肉親であるジェシカを、両親と同様に失うことを恐れていたミハエルは以前の泣き虫に戻ってしまった。 ジェシカが任務に赴くとき、ミハエルは笑顔で彼女を見送ったが、ジェシカのいない夜をクランと過ごすときはたいていベッドにうずくまり一人で泣いていた。クランはそばで見守ることしかできなかった。守りたい、ただその思いだけが彼女の胸の中でおおきくなっていった。

年月が経ち、ミハエルは変わった。
いつか、ジェシカを、そしていつもそばで見守っていてくれたクランを自分の手で守りたい、と思うようになった。もう、泣き言は言わなくなった。

「いつかクランより大きくなってやるからな!」

ミハエルは自分の身丈の何倍もあるクランを見上げてそう宣言した。
クランは嬉しかった。それと同時にほんの少しだけの寂しさが残った。




そして、あの事件―――ジェシカが死んで―――




「おい、クラン、なに考え事してるんだよ?」

耳に慣れた声が突如響いた。クランはびっくりして我にかえる。見下ろすと、心配した様子のミハエル、ルカ、アルトが立っていた。

「なにぼーっとしてるんだよ大尉さんっ! さっきからずっと呼んでたってのに。・・・ったく。」

ミハエルは呆れた表情でセットされた自慢の金髪を掻き上げる仕草をした。クランはずいぶん長く思い出に浸っていたことに気付く。今、横に立っている彼と、思い出の中の泣き虫な彼の姿が重なり、クランはふ、と笑う。

「いや、昔のことを思い出していたんだ。小さいころのミシェルは泣いてばかりいて、いつも私が守っていたんだ。私の姿が見えなくなるとすぐに不安そうな顔をして、べそをかいていたな。」
「おい、クラン!ガキのころの話なんか持ち出すなよ!」

ミハエルが少し焦ったように言った。

「へえぇ!先輩、子供のころは泣き虫だったんですね! 大尉、もうすこしお話を聞かせてくださいよ!」

無邪気な表情でルカは言った。

「いつも自信たっぷりなお前にもそんな時期があったんだな、ミハエル」

アルトがうれしそうに言う。どうしても勝てないライバルの弱味を握ったことがよほど嬉しかったようだ。

「ああ、いいぞ。聴かせてやる。あれはミシェルがまだ5歳のとき・・・」

「クラン!やめろって!」

「悔しかったら私より大きくなってみるんだな。昔の約束通りにな。…おねしょをしたミシェルが私の部屋に飛び込んで泣きついていてな…」

くそ、と一言つぶやくと、ミシェルはへそを曲げてどこかへ行ってしまった。





ミハエル・ブランとクラン・クランは幼馴染だ。
泣き虫だったミハエルは、今ではクランと同じ宇宙(そら)を飛んでいる。クランは嬉しかった。いつか彼は自分との約束を守り、自分を守ってくれるかもしれない。

(だが―――私もお前のことを守るよ―――)

クランは遠い昔の誓いをそっと口に出し、再び胸の奥へとしまった。










あ と が き


記念すべきミハクラ第1号です。
ちっさいクランもかわいいけど
おっきいクランもかっこよくてすき
ミハエルはクランの前でだけ素に戻るといい


2009/01/09