1000KIRIBAN SS


 アイツが空ばかり見ているから、アイツの目線を追う私の瞳も空色に染まった。
何気なく見上げていたそれも、彼の好きなものだと分かると、とたんに愛着が湧いた。
落ち込んだときに、ふと空を見上げて、ああ、飛びたいな、アイツと、なんて。
馬鹿みたい。だけど。







「アルト!ちょっとこっちに来なさい。」

終業のベルが鳴り響く教室を、シェリル・ノームの美しく艶やかな声が通る。
その声に反応し、面倒そうな顔をして彼女の方を振り返ったのは、ご指名の通り、早乙女アルトと、彼の友人であるミハエル・ブラン、彼等の後輩であるルカ・アンジェローニだ。銀河の妖精と称される彼女に呼びつけられる、それは他の生徒、もしくは全銀河中の羨望の的であろう。実際、シェリルが美星学園に編入してきた際も、大勢の生徒たちが彼女の友人になることを望んだし、更には自らを下僕候補として志願した者だっていた。しかし、シェリルの隣には常にアルトがいた。友人としての位置も、下僕としての位置にも、だ。アルト本人は決して認めてはいないが。彼女にはアルトさえいればよかった。自分をアイドルだとか、妖精だとか、そういった特別な存在として捉えない彼の傍は心地よかった。ただもう少し、「特別扱い」して欲しい、という願望は徐々に生れつつあった。異性として、特別なひととして、アルトに自分を認識させたかった。

なんだよ、とアルトは周りの男子生徒たちの妬ましいような、羨ましそうな目線にうんざりしながらシェリルの方へ近づく。シェリルはアルトが大人しく自分の言うことを聞いたことに満足した。シェリルの目の前に立ち、もう一度、なんだよ、とアルトが訊ねると、シェリルは女王様らしく威厳のあるような、だが少し可愛らしさと色っぽさを孕んだ表情でアルトを見つめ返した。

「私に渡すもの、あるでしょう。」

シェリルの言葉に、アルトはぽかん、と口を開け、はぁ?と呟く。一瞬、アルトは以前出撃時に拝借してそのまま大破した機体ごと宇宙空間に投げ出されてしまった彼女のイヤリングを連想したが、言葉に出した瞬間に、違うわよ、と一蹴される。他に心当たりなどなにもなかった。考えあぐねている彼に溜息をついて、シェリルは言葉を続けた。

「今日何日か、知らないの?」

呆れたようにシェリルが言う。

「3月14日だろ。それがどうかしたのかよ。」
「今日はホワイトデー、なんでしょ?フロンティアにはそういうイベントがあるって聞いたけど?」

ギャラクシー船団には、バレンタインも、ホワイトデーの風習も存在しなかった。先月のバレンタインデーに、たくさんの女の子からプレゼントを受け取り、両手に抱えて帰ったミハエルや、教室や廊下を歩く度に声を掛けられ、小奇麗な包みを渡されて困ったような、迷惑そうな顔をしていたアルトを、シェリルは不思議そうに見つめていた。そのあとすぐに仕事が入ってしまったため、アルト達にそれについて訊ねる機会を失ったまま、記憶の片隅に放られてしまったのだった。グレイスからバレンタインについてのおおまかなことを聞いたときには、だいぶ日が過ぎたころであったし、第一自分が誰かにプレゼントを贈る、など考えもしなかった。ギャラクシー船団では女性は常に贈られる方だという考えが一般的であった。特に銀河の妖精である自分は。

「ああ、ギャラクシーにはそういうの、ないのか。で、それと俺と、何の関係があるんだよ。」
「まだとぼけるつもりなの?今日は男から女に、プレゼントを渡す日なんでしょう?テレビで言っていたわよ。アルト、私にプレゼントを寄越しなさい。」

組んでいた腕を解き、アルトに向かって腕を突き出す。差し出された白樺のように白く伸びやかな手を見つめ、アルトははぁ、と大きく息を吐く。

「あのなぁ、ホワイトデーっていうのは、2月14日のバレンタインデーの日に、女が男にあげたプレゼントのお返しをする日なんだよ。俺はお前から何ももらってない。だから俺には関係ないんだよ。」

あら、そうだったの?とシェリルはすこし驚いたような顔をした。

「先月のイベントのお返しをするための日、ってわけね。」
「そう!だから俺には関係ない日ってわけさ。もちろんお前にもな。」

ようやく理解を得られた、とアルトは安堵の表情を見せる。しかしシェリルは華奢な顎に同じく繊細な指を添えて思案のポーズを取る。まだ納得のいかないようだった。

「でも私、今日アルトにもらいたいものがあるのよ。」

シェリルの言葉に、アルトはぎょ、と目を見開く。高額なものを請求されるのだろうか。それともなにかとんでもない命令だろうか。彼女のお願い、といえば、だいたいろくなものはない。それなのに、わかっているはずなのに、アルトは彼女の要求を断ることができた試しがなかった。シェリルがアルトに近寄り、そしていつも見上げる空のように美しいブルーの瞳でアルトを見つめ、全身に纏う芳しい匂いが彼の鼻腔を掠めると、つい許してしまうのだ、彼女のわがままを。アルトが怪訝な表情を浮かべると、シェリルはむっとした顔をした。そしてしばらく考えると、何かを思いついたように得意げな笑顔を見せ、アルトに詰め寄る。

「じゃあ、バレンタインのプレゼント、今あげるわ。ならいいでしょ?」

突然の提案にアルトは驚くと同時に不思議に思う。彼女が自分に渡せるようなチョコレートなり、なんらかのプレゼントを持っているようには先の会話からは思えなかったからだ。

「なんか持ってるのかよ。」

馬鹿にしたようにアルトが言い返すと、シェリルは、ふふん、と勝ち誇ったように小さく笑った。アルト、と優しく呼びかけ、金色の瞳をまっすぐに見据えると、アルトの整ったかんばせに手を添え、自分の方へ引き寄せる。まだ状況のわかりかねて困惑している彼を心の中で可愛いと感じた。シェリルはそのまま顔を近づけ、己の唇を彼の鼻へとつける。口ではなく鼻にキスをしたのは、わざとだ。初な彼を翻弄するのも、シェリルの愉しみだからだ。自分のキスに慌てる彼が見たい。そして、夢中になってほしい。

彼女の思惑通り、な…!?とアルトは言葉にならない驚きの声を上げ、固まる。顔が真っ赤に染まっていた。横で静かに彼らのようすを観察していたミハエルは、へぇ、と感心したような声をあげ、ルカは見てはいけないものを見てしまったように慌てて視線を外した。

「銀河の妖精からのキスよ。これなら文句ないでしょう?」
「こ、こんなの!プレゼントなんて言わないだろっ!」

不意打ちに混乱し、しどろもどろの口調で応える。慌ててしまった自分を恥じ、満足げに己を見つめる妖精を恨めしく思った。睨みつけるように彼女を見つめていると、アルトの表情を自分への不服と捉えたシェリルが、怒ったように声を上げる。

「なによ?不満なの?これ以上を望むなんて。…この色ガキ!」

シェリルは半分からかうように言い放つ。その言葉にアルトは再び赤面し、違う!と反論した。やるなあアルトっ、と楽しそうに笑うミハエルを睨みつける。周りからの視線と、クラスメイトたちのひそひそ話す声に、なんなんだよ、と弱弱しく吠える。手にはしっとりと汗がにじんでいた。自分の劣勢を悟ったアルトは、観念したように大きく息を吐いて頭を掻いた。

「わかったよ!!…で、何が欲しいんだ。」

アルトの言葉に、シェリルは嬉しそうに笑う。こっちよ!とアルトの腕をとり、教室の外へと出た。いつもの大人びた、綺麗な笑みではなく、子供のように無邪気な表情を見せるシェリルに、アルトは胸の奥がむずかゆくなる。うまく言葉にはできない、だが彼女が嬉しそうにしていることが、自分をも嬉しくさせて、たまらない気持ちにさせるのだろうか。階段を一気に駆け降り、校舎の外へ出る。偽物の太陽がやけに眩しかった。空は、いつものように変わらない爽やかなブルーだ。シェリルは少し乱れた呼吸を落ち着かせた後、空を見上げて、気持ち良さそうに伸びをすると、アルトの方へ向き直った。

「時々無性に空が見たくなるの。誰かさんがいつも空ばっかり見てるから感染っちゃったのよ。なんだか今日、すごく空を飛びたい気分なの。アルトと。いいでしょ?私を連れていきなさい!お返しは、それでいいわよ。」

金色の太陽の光が、シェリルのピンクゴールドのやわらかな髪を照らす。豊かに波打つそれに、アルトは思わず見惚れた。顔にかかった髪をかきあげた彼女の仕草に胸が高鳴る。ほんとうに、妖精のようだ、とアルトは思った。そんなこと、絶対に口には出さないけれど。シェリルは、何見てるのよ、と少し照れくさそうに口を尖らせた。沈みかけた太陽を見つめながら、アルトはそんな彼女に優しく微笑む。最初からこれがしたかったのか、と、アルトはようやく彼女の一連の行動の趣旨に気づく。素直にそう言えばいいのにと、彼女に悟られないよう小さく呟いた。

「わかったよ。ほら行こうぜ。もうすぐ夕日が沈む。飛びながら見れば、きっときれいだ。」

徐々に姿を隠してゆく太陽に急かされ、アルトはEX-ギアの格納してある倉庫へと足早に向かった。待ちなさいよ!とすぐ後ろから聞こえたシェリルの声に振り向き、急げ!と声を上げると、彼女の手を取って走り出した。






あとがき

シェリルは、ほんとにかわいくてすきです
劇中後半になるとちょっとわがままな感じがなくなってきたかなと思うので
ってことはこれは作品前半の雰囲気なSS、ということに。

リクエストしてくださった柳原ゆーり様、ありがとうございました!!