2000hit リクエストSS 三枝詩音sama


「んーっ!気持ちいい!やっぱりここに来ると、バカンスって感じがしていいわね!ね、レイ?」

ミレーヌは大きく腕を広げ深呼吸すると、眼前に広がる真っ青な空を仰いだ。
頬を掠める風が心地よい。己の気持ちに同意を求めるように、後ろを振り向いて楽しそうな笑みを浮かべた。

「そうだな。みんな、今日は思う存分身体を休めてくれ。」

さて、俺は釣りにでも行くかな、とレイは持参した釣り竿を肩に担ぐ。ビヒーダは遠泳をする予定らしく、早速ウォーミングアップを始め、身体を馴らしていた。ミレーヌはもちろんビーチでバカンスを楽しむつもりだ。リビエラはミレーヌにとって、小さい頃からよく家族で訪れている慣れ親しんだ地だ。青い空に砂浜、シティ7の街並の喧騒とはかけ離れたリゾート地であるリビエラは、幼い頃からミレーヌにとっては楽園だった。

ふと横目でちらりとバンドのリードボーカル、熱気バサラを見やると、あからさまに不機嫌な様子で、腕を頭の位置で組んだまま何も言わずに立っていた。その様子にミレーヌは不満を覚える。

「バサラ!ちょっとは楽しそうな顔しなさいよ!せっかくのオフなんだから。」
「無理矢理連れ出しておいてよく言うぜ。俺は部屋で寝てたかったの。」
「なぁによ。結局来たクセに。それに、せっかくあたしたちのためにアキコさん
が用意してくれたオフなんだから!」

うんざりした顔でバサラが言うと、ミレーヌは呆れたように溜息をつく。


たまには息抜きも必要よね?とアキコは、無理に組んでしまった連続ライブのスケジュールをこなした彼らに対する労いの気持ちを込め、オフの日にリビエラでのバカンスの計画を立てていたのだ。嫌がるバサラをどうにか説得して、今日、ここリビエラに訪れている。今日の彼が聊か不機嫌であるのはそういうことだった。といっても、嫌だ、と一点張りに主張していた彼が、バサラの不在に気を落として悲しそうな表情を浮かべたミレーヌを見て、珍しく情に絆されて自ら行くと口にしてしまったのだから、本日のことは彼も渋々了承しているのだろう。



へいへい、と気のない返事をすると、バサラはビーチパラソルの下に敷いたシートに寝転がり、早速眠り始めてしまった。そこで1日中過ごすつもりなのだろう。おそらくこうなるだろう、と踏んでいたミレーヌは、己の予想通りになってしまったことを残念におもった。せっかくの休日なのに、とぽつりと漏らすと、既に寝息を立て始めている彼を恨めしそうにねめつけた。

「あたしも泳いでこよーっと」

泳ぎはじめるビヒーダを目で追う。ミレーヌも目の前のエメラルド色の海に、気分が高揚した。ブルーのタータンチェックのワンピースを脱ぐと、彼女の薄く桃色がかった白い肌が露わになる。その下に身につけていたのは、その肌の色によく似合う、オフホワイトのホルターネックのビキニ。ワンポイントにあしらったフリルが、ミレーヌを色っぽくも、可愛らしくも見せていた。こっそりとバサラの方に目をやると、やはり彼は夢の中で、新しい水着なんだけどな、と密に呟くミレーヌの声は彼には届かない。風にたゆやかになびく髪を2つに束ねると、ビーチサンダルを脱ぎ捨て、波打つ水際へと駆けていった。焼け付くように熱い日差しとは対照的に、波打つ水はひんやりとしていて気持ちよかった。波打ち際から少し沖の方へと進むと、それにつれて水嵩が増す。息を大きく吸い込んで一気に水中へと頭を沈めると、造られた空間であるにも関わらず色鮮やかな海洋生物達にミレーヌの目は奪われる。まるで宝石みたい、と心の中で感嘆の声を洩らした。

リビエラの照り輝く太陽は人工のものだとしても、常夏の日差しは本物並みに暑い。熱を帯びたじっとりとした空気と、上昇する気温に、先ほどから潜水やマリンスポーツを楽しんでいたミレーヌの頭はぼんやりとなる。一瞬くらりと視界が歪んで、ミレーヌの脚が縺れる。急激な喉の乾きに急かされて、水分を補給しようと波打ち際まで戻った。

「あつーい…ちょっとクラクラする。休憩…水…」

すると、突如ミレーヌの身体が大きく斜めに傾く。え、?と驚きと戸惑いの混じった声を小さく上げるころには、下半身に力の入らなくなっていたミレーヌの身体は大きく揺れ、湿ってひんやりと冷たい砂の上に倒れ込んでいた。意識が遠のく寸前、あ、熱射病かな、などと呑気に他人事のように考える。遠くで己の名を叫ぶバサラの声が聞こえたような、気がした。




ミレーヌは顔にかかる心地よく涼しい風に意識を戻す。
やや朦朧とする思考の中、ゆっくりと目を開けてその風の方向に視線を移すと、そこには団扇を扇いで自分に向けて風を送っているバサラの姿があった。じんわりと熱を持った身体には、彼が身に着けていたフルジップパーカーが掛けられている。

「バサラ…」
「気がついたか。」
「あたし、急にフラフラして…」
「暑さにやられたんだろ。ホラ、水飲め。」
「…ありがと。」

差し出されたペットボトルを、弱弱しい動作で受け取る。ミレーヌは自分の倒れた原因に検討がついていた。おそらく熱射病であろう。小さい頃から、リビエラで過ごす際には、きちんと水分補給をすること、こまめに休息をとること、と両親に口酸っぱく言われていたのを覚えている。あのころは両親のそんな言葉さえ鬱陶しく感じていたけれど。
それと、とミレーヌは気遅れした様子で言葉を紡ぐ。

「昨日、あんまり寝付けなかったの。みんなでリビエラ行くの、楽しみだったから。」

睡眠不足は熱射病になりやすいらしいの、と付け加える。初めてみんなで出かける休日、レイがいて、ビヒーダがいて、なによりバサラがいる。それだけで特別な、きっと大切な思い出になるような気がしてミレーヌは昨晩あまり眠ることができなかったのだ。子供のような言い訳だ、と彼に笑われるだろうか。また迷惑を掛けてしまった。後からひしひしと襲う罪悪感に、ミレーヌはバサラの顔を見上げることができなくて思わず目を閉じて顔を背ける。しかし、バサラは団扇を扇ぐその手を止めず、そうか、と柔らかい声で応えた。その反応にミレーヌは少し驚いて思わず彼の顔を見上げる。ビーチパラソルの日陰と、照りつける太陽の逆光の所為で、彼の顔は薄暗くてよく見えなかった。だがミレーヌは、彼が優しく微笑んでいることに気づいた。それだけで何故だか胸の奥がざわめく。

「…もう、大丈夫だから。」

団扇を持つ彼の腕を制止して、ミレーヌはゆっくりと上体を起こす。まだ少し頭がぼんやりとしたが、これ以上彼の手を煩わせる訳にはいかなかった。手間のかかる子供、そう思われることだけは避けたかったからだ。

「ガキが気ぃ使ってんじゃねーよ。寝てろ。」

しかしバサラは、起きあがってきた彼女の頭を無理やりぐいぐいと押し戻し、再びシートの上に寝かせてしまう。ちょっと、とミレーヌが微かな抵抗を見せると、バサラは寝かせた彼女の頭に軽く手を乗せて、大きな手のひらで少し乱暴に彼女の頭を撫でる。それは彼のする彼女への行為の中で、ミレーヌが最も好きなものだった。頭を撫でられて喜ぶなんて、子供みたいだと思われてしまうから、そう口に出したことはなかったけれども。観念したミレーヌは、大人しく再び横になって身体を休めた。


リビエラエメラルドブルーの海にの夕日が沈む。
オレンジ色にやんわりと染まってゆく海に、ミレーヌは思わず、きれい…と溜息のような声を洩らした。美しい夕日を拝むことができるのは、リビエラの大きな特色の一つだ。ホログラムとは思えないほどのそれを見ることのできる夕刻の海岸は、恋人達の絶好のデートスポットとなっている。ミレーヌはこっそりと隣で同じく夕日を見つめているバサラを垣間見る。翡翠色の海と同じように夕日の色に染まる彼の横顔を、思わずまじまじと見つめてしまう。ギラギラとした真夏の太陽のような男だけれど、ゆっくりと沈みゆく太陽もとても彼に似合っていた。そんなことを考えながら彼を見上げていると、視線に気づいたバサラがミレーヌに目を向ける。

「熱、下がったみてーだな。」

バサラはそう言うと、ミレーヌの頬に手を添えて先ほどまで火照っていた身体から熱が抜けたことを確認した。

「…バサラ」

ミレーヌが呼びかける。

「ありがと。」
「なんだよいきなり。」

突然の謝辞に、しおらしく礼を言うなんて彼女らしくない、とバサラは思ったようだ。彼は訝しげな顔をする。ミレーヌはそれだけ言うと、満足したのか、くすくすと笑いだした。

「ふふ、なんでもなーい。」
「変な奴」

へへ、とバサラとつられて小さく笑った。

少し離れたところから、レイが釣り竿を担いでこちらへと歩いて来るのが見えた。そろそろ帰宅する予定の時刻だった。ビヒーダももうじき戻って来るだろう。

「バサラっ!」

こちらへ向かってくるレイに気を取られていたバサラは、ミレーヌの呼びかけで再び彼女の方を向く。すると、ミレーヌは上体を起こし、振り向いたバサラの頬へ、ふんわりと触れるようなキスを落とした。

「ありがと!」

ミレーヌはそれだけ言うと、火照る頬を先ほどまでの熱射病の所為にして、なるべくバサラに顔を見られないように、とゆっくりと立ち上がる。なんでもないような顔を努めて作りながら、レイー!とこちらへ近づいて来る彼に向かって大きく手を振った。バサラは彼女の行動に少し驚いたような顔をしたが、頭を掻いて微笑んだ表情を見せる。

「バサラ、ミレーヌ、そっちはどうだった?バカンスを満喫できたのか?」
「うん!レイ、とっても最高の休日だったわ!」

ミレーヌはバサラの方をちらりと見やって答えた。
ぶっ倒れたクセによ、と後ろで愚痴を零すバサラをよそに、ミレーヌはすっかり沈みかけている太陽を見つめながら、ひとりたゆたうように優しいメロディーを口ずさんだ。







あとがき!

リク内容は、「バサミレでリビエラオフ」でした。
素敵なリクエスト、ありがとうございます♪
私的なこのSSの隠れた萌えは、寝ていたハズのバサラが、
倒れたミレに気づいたってとこでしょうか…
見てたんだね!!バサラ^^ってことで。


2000hit 三枝詩音sama.THANKS!!
2009/04/24 asya@planet dance!