4000HIT THANX!! 三枝 詩音 sama











熱気バサラの様子が最近おかしい。
レイは廃墟の練習場のお世辞にも綺麗とはいえない埃でくすんだ床に座り込む彼にこっそりと視線を向ける。おかしい、といっても彼の行動や発言は常から突拍子なものであったし、彼のアクションは周りの目を引くくらいの大胆なものだ。そういう意味では、バサラなんていっつもおかしいじゃないの、とバンドメンバーであるミレーヌ・ジーナスにそう言われてしまいそうなのだが、今回はそうではなかった。

熱気バサラの様子が最近おかしい。
時折妙に覇気がないときがあるのだ。機嫌が悪い、歌う気にならない、などといって弦を爪弾く指をぴたりと止め、練習の最中に部屋を抜け出してはどこかを彷徨う、ということはしばしばあった。しかし近ごろの彼は総合的に見て元気がなかった。というより、何か心に思うところがあるようだ、とレイは感じ取った。がむしゃらなまでに自分の気持ちを歌にして聴かせるくせに、こういうときには、おそらく自分でも今の状態を認めたくないのだろうときには頑なに口を閉じて己の殻に閉じこもる。熱気バサラはそういう男だった。

彼がそのような状態になるのにはいつくかの条件がある、そうレイは気づき始めた。まず第一に、曜日である。バサラは毎週水曜日になるとこのような状態になるらしい。そして時間だ、彼は水曜日の夕刻を過ぎるあたりになると、まだ練習が続いているのにもかかわらず、急にギターの弦をはじく指をぴたりと止め、なんだか不機嫌そうな、なにか別のことを考えているような複雑な表情をしながら廃墟を出てしまうか2階の自室へと戻ってしまう。レイとビヒーダはお互い顔を見合わせ、仕方がない、と肩をすくめて、ボーカル不在のまま彼らの奏でるシンセサイザーとドラムの音のみが練習場に響く。こんなとき、ミレーヌがその場にいれば、手前勝手なバサラに向かって吠えてかかり、口論となるのだろう。だがその方がよかった。自己中心的な彼を責め、練習を続けるよう説得する。大体の場合、彼はそんな彼女の言葉を遮って去っていってしまうのだが、時にはバサラの方が折れて練習を再開したり、落ち込むミレーヌに気兼ねて後から練習に加わる、ということもしばしばあったのだ。しかし、彼を諫める存在をも不在の場合、神妙な面持ちで無言のまま立ち去ってゆく彼を引き止めることは、レイとビヒーダには憚られるのだった。

そうなのだ、毎週水曜日、夕刻。その日その時間には、ミレーヌがいなかった。先週も先々週もそれより前の週も。そして今日、バサラの様子がおかしいこの日も水曜日。練習場の壁に掛けられた時計を信じるならば、時刻は午後6時を回ったところだった。バサラはやはりつい今しがた部屋を出て行ってしまっている。

レイは困ったような笑みを浮かべ、ため息をつく。バサラはミレーヌが不在の日になると様子がおかしくなるようだ。どうしてなのだろう、とレイは思案する。彼は他人の歌に影響を受けるような男ではない。隣で歌う存在がいなくとも歌うことに支障はないし、彼女のコーラスがなければ歌うことが出来ない、ということはまずあり得ない。同様に、ベーシストの存在についても、然りである。それでは、と悩むレイの頭にふと今日ミレーヌと交わした会話が思い浮かぶ。


『あ、もう4時半だわ。ごめんね、いつも途中で抜けちゃって。』
『いいさ。気にするな。今日もデートなんだろう。』
『ふふ。そーよ。ガムリンさん、水曜しかお仕事早く終わらないみたいなのよね。それでね、今日はフレンチだって。楽しみっ。』
『そうか、楽しんでこいよ。』
『ありがと!!じゃあ、悪いけど先帰るわね。お疲れさまっ。』

パタンとドアが閉まり、ミレーヌのいつもより軽やかな足取りが軋む廊下の音から判断できる。上機嫌な彼女と、それを微笑ましく見つめるレイとは反対に、またかよ、と不機嫌な様子で小さく呟くバサラの声が耳に残った。あの時は練習が途中で遮られることへの恨みごとだとばかり思っていたが―――――


「そういうことか。」

レイはぱちんと指を鳴らして一人合点し、思わず含み笑いを浮かべた。なんということなのだろうか。信じられなかった。あの歌ばかり歌っていて他人のことなど全く眼中に入れていなかった彼が。気まぐれで自分勝手なバサラが。バンドを組んだ時だって初めはレイを含め周りの存在なんてどうでもよいと思っていただろう彼が誰か特定の人に気を掛けるなんて。しかも同じ歌への熱いハートを持ち合わせたまだあどけなさの残るあの少女に、だ。バサラはミレーヌとガムリンの仲を気にしているのではないか。バサラに対して彼女は全く素直ではなく、寧ろバサラはミレーヌの怒った顔や驚いた顔、困った顔、いたずらに子供のように笑う表情しか見たことがないのだろう。しかしミレーヌは婚約者であるガムリン木崎の前だと驚くほど大人びた表情を浮かべる時があるのだ。可愛らしく頬を染め、小さく俯いて微笑む。小鳥のように軽やかに囀る。罵声や怒号を飛ばす訳もなく、それは立派な一人の恋する乙女のようだ、とレイから見てもそう感じられた。もし、バサラにもガムリンといる時の彼女がそのように映っているとしたら。そしてそれをバサラが面白くない、と感じていたとしたら。

「バサラ、そいつはきっと、恋だな。」

バサラは今どこにいるのだろうか。先程難しい表情をしながら部屋を出て行ってしまったから、レイには彼の居場所は分からない。バサラに、教えてやりたいと思った。お前さんの内で燻ってるソレは、ミレーヌへの恋心と、ガムリンへの嫉妬心なのではないか、と。そうしたら一体彼はなんと答えるだろう。なんだよソレ、と訝しい目で見られるだろうか。全く理解できず、その言葉を無視してしまうだろうか。それともその意味を彼なりに汲み取って何か奇想天外なアクションを起こしてしまうのだろうか。それを内心期待してしまう自分自身にレイは苦笑した。長い間共に過ごした彼の新しい表情を見てみたい。まるで子供の成長を見守る親のような心境だった。


玄関の立付の悪いドアーがぎりぎりと不快な音を立てて開く。開いたまま閉めようとしないその所作から、渦中の彼が戻って来たことをレイは悟った。確か先週の今頃であれば、彼はまず練習場に顔を出し、彼専用のマグカップにコーヒーを淹れた後、レイやビヒーダとは目も合わせずに自室へと戻ってしまうはずだ。その前に。

一か八かの賭けをしようか。彼が己の気持ちになんらかの変化を与えることができるように手助けをしてみようか。俺にしては珍しくおせっかいなことを考えるもんだ、とレイは笑う。その表情にうっすら寂しさを滲ませたことに自分自身では気づかない。愛しているからこそ身を引いた、幸せにする資格などないと彼女を退けたあの遠い昔の記憶が心を一瞬掠める。若い彼らには、そんな風になどなってほしくはないから。

年季の入った脆い床板が歩幅の広い足音とともに軋む音が聞こえる。目の前のドアが開き、バサラが何食わぬ顔をして部屋に入ってくる。レイは、マグカップを取り出しお湯を沸かす彼を呼びとめ、不機嫌そうな顔をするバサラに微笑みかける。


「なぁバサラ、知りたくないか。そのわけを。」








--------------------------------------------------------------------------------


あとがき

おまえは恋をしてるんだよ^^

ということでした。レイ視点だとちょっと雰囲気変りますね。
当サイトではバサラ視点のSSは一切書きませんので、(書いてみたいんですけど)
バサラの感情を表現してゆくには、レイのような代弁者の存在が必要です。
これはミレーヌにはできないことです。
ということでこんなかんじにしてみましたが…どうだろうかどきどき><
このSSはリクしてくださった三枝詩音様に。

4000HIT THANX!! AND SORRY FOR LATE...

FOR 三枝 詩音 sama

2009'08'26