scent of sunshin


scent of sunshine





バサラのバイクの後ろに乗るようになったのはいつからのことだったろう。

規律を乱す後ろめたさも、急なカーブのちょっとした恐怖も、帰宅してからの母の鬼のような形相も、彼の身体に腕をまわすこの瞬間だけはすべて心地よい昼間の太陽の匂いに溶けて何も感じなくなってゆく。彼に悟られないように、頬を夕陽に朱く染まる白いワイシャツに擦りつけ、すん、と鼻を小さく鳴らして彼の纏った空気を吸い込んでしまうと、狂おしい程切なくてそして驚く程に幸せな気持ちで満たされる。セントオブサンシャイン、太陽のように眩しいバサラの匂いだ。

ミレーヌの案内する通り裏道を抜け、学園の敷地を出る。バサラが許可も無しにバイクを停めている小さな公園は、都合のいいことにその裏道を抜けてすぐのところにあった。バサラは見つからないように、と敷地内に茂る大樹の根本に停めた烈火のように紅い愛車に歩み寄ると、革張りのシートの下からヘルメットを二つ取り出し、ショッキングピンクのそれを彼の傍に立つミレーヌへと手渡す。ミレーヌは慣れた所作でそれを頭に被り、バサラの座るシートの後部にちょこんと腰かけ、彼の腰に白く細い腕を回した。


日が落ちてしばらく経ったというのに、あたりはまだほの暗い程度で、昼間の照りつけるような日差しがない分、初夏だというのに半そでのブラウスでは少し肌寒く感じる位であった。速度を増す程に全身に吹き付ける風が心地よい。

ミレーヌは独り言のように他愛のない話を正面を向いて振り向くことのない彼へと聞かせ続ける。授業で習った夏の星座の話や昨晩の父と母の痴話げんかのくだらなさについて、バサラ本人への恨みごとや、飼い猫が暑さに弱っていること、最近お見合いをしたこと。バサラは大抵無言で彼女のそれらについて何かコメントをすることなく、ただハンドルを切り続ける。ミレーヌもそれを分かっていながら話すのだから、それらについて特に意見を求めている訳ではないのだ。ただ気まぐれに、ちょっと、聞いてるの?と怒ったように彼のワイシャツをぴん、と強く引っ張ると、ああ、とか、おー、とかいう呻き声のような返答が返ってくる。ミレーヌはわざと大げさに機嫌の悪い声や盛大なため息をついたりするのだが、実際はそれ程悪い気はしていなかった。彼の大きな背中に額をぴたりとくっつけて、規則的に弾む心臓の音を盗み聞く。するとミレーヌが一言二言話す度に僅かにそれに反応して、とくん、と言葉にはせねど反応が返ってくるのだ。話聴いてるんじゃないの、とミレーヌは彼に気づかれないように小さく呟く。そんな瞬間が好きだった。


「んーっ風が気持ちいい!バサラ、安全運転でね。」
「うるせー。ったく、俺をアシに使いやがって。」
「いいじゃない、どうせ通り道なんでしょ。この時間の通学バスって混むのよ。」

こちらはバサラの後ろに乗るようになってから毎回のように何度となく繰り返される会話だ。予め用意されたダイアローグのようにいつも同じ返答が待っている。傍目からは無意味なものと思われるが、ミレーヌにとっては違っていた。それは己が彼に抱いている正体不明の感情、もしかしたら彼の本心までも垣間見ることが出来るかもしれないキーワードセンテンスたちなのだ。

ミレーヌはバサラが自分のために少しスピードを落としてバイクを走らせていることを知っている。カーブを曲がるときだって、なんだか彼らしくない至極丁寧な動作だ。またバサラの家が自分の家と正反対の方向にあることも知っていた。初めてバサラに送ってもらったときに言い訳のように彼が口にした「ついで」という言葉が、彼の不器用な優しさだったことも、彼と接するうちに気づきはじめていた。

それにきっとバサラだってとっくに分かっているのだろう。部活動終了時刻になると校門のすぐ傍に停車している漆黒の外国産車は、ミレーヌの母である学園理事長が彼女の為に寄越した送迎の車だ。理事長令嬢である彼女に送迎の車がない訳がない。高貴な雰囲気を漂わせる車両と、運転席に座る黒いスーツにサングラスのいかにも怪しげな大柄の男(厳めしい見た目とは裏腹にいつもミレーヌに振り回されているジーナス家の執事である。)の所為で、それらの存在はかなり人の目を引くものとなっている。皆の注目を浴びながら、校門を通るミレーヌを待っているのだから、もちろん周囲の者にも彼らが理事長の使いのものであることなどとうに知れ渡っている。ミレーヌにはそれが耐えられなかったのだ。だから彼らを避けるようにバサラの運転するバイクの後ろに乗る。もっとも、理由はそれだけではないと最近自分でもうっすら気づき始めているのだが。

互いの些細な嘘に互いに気づいているのに、二人はそれを口にすることはない。
バサラはただ単に興味がないだけかもしれないけれど、とミレーヌは思う。そんな恩着せがましさを感じさせない、目を凝らさなければ見逃してしまいそうな優しさがバサラの優しさなのだ。それが何処から由縁するものなのか―――――同じバンドのメンバーとしてのものか、ただミレーヌが女であることへのそれなのか、それとも目の離せない妹のような存在としての優しさであるのか、ミレーヌには分からなかった。ただ、そのうちのどれでもなければいい、と感じることがあった。そんなのではなくて、もっと、特別な、自分にだけ与えられているものであったらいいと感じてしまうのだ。

「おい、平気か。」
「?あ、え、?なに?」
「さっきからずっと黙ってっから。いつもはうるせー位騒いでんのによ。」
「へーきよ。ちょっと疲れただけ。心配だったの?」
「うっせ。」

柄にもないことを考えているのを悟られないようにバサラをからかうと、予想外の反応が返ってきたことに、ミレーヌは目を丸くする。心配だったんだ、と内心どぎまぎしながら悪戯な笑みを作ると、先程とはうって変ったように、そんなんじゃねー、といつもの彼らしい返答が聞こえて、ミレーヌは少し残念に思うと同時にほっと胸を撫で下ろした。


十数メートル先正面に見える角を右折すれば、もうすぐミレーヌの家だ。急なカーブをカモフラージュに、ミレーヌはタイミングを合わせてバサラの背中を思い切り抱きしめる。うなじにしっとりと滲む汗に一瞬目を奪われてしまった。身体をぴたりと彼の背中にくっつけて、ぎゅ、と腰に回した腕を更に強く絡めた。それに気がついたバサラがちらりと瞬間後ろを向くが、ミレーヌは顔を埋めたままバサラの方を向くことはなかった。




「バサラって、お日様のにおいがするのね。」







あとがきっ

抽象的な表現?ばっかですいません。
それとかあれとか〜のようなあ…とか。
そんな文章ばっかりなんです、asyaは;;


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